上皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

糖尿病の薬が心不全の治療にも使われるかもしれない

順天堂大学医学部心臓血管外科の天野篤教授
順天堂大学医学部心臓血管外科の天野篤教授(C)日刊ゲンダイ

 糖尿病治療薬として開発された「SGLT2阻害薬」が心不全の治療薬として有効なのではないかという期待が高まっています。

 SGLT2阻害薬は、腎臓の近位尿細管で糖を再吸収する役割を担っているSGLT2の働きを阻害し、余った糖を尿と一緒に排出させることで血糖を下げる飲み薬です。日本も含めた世界各国で心不全や腎臓病に対する有効性を調べる大規模臨床試験が行われ、症状の改善や死亡率の低下が報告されています。糖尿病ではない患者を対象にしている試験も実施されていて、日本では2020年にも心不全と慢性腎臓病に適応が拡大されると言われています。

 SGLT2阻害薬がどうして心不全の管理に有効なのかについては、まだはっきりしたことがわかっていません。

 ただ、SGLT2阻害薬が持つさまざまな薬理作用が関わっていると考えられます。

 まず、糖尿病は代表的な心臓疾患のリスク因子のひとつです。高血糖の状態は血管の内皮細胞に悪影響を与えるので、SGLT2阻害薬の血糖降下作用は、心臓や血管のダメージを軽減します。

 また、SGLT2阻害薬には利尿作用があり、糖とともに水分も排泄されて尿の量が増えます。心不全の治療では体内の余分な水分を取り除くために利尿剤が使われるので、同様の効果があるといえるでしょう。他にも、余分な糖の排出によって生じる体重の減少も心臓の負担を減らしますし、酸化ストレス低下作用も心臓や血管にプラスに働きます。こうした作用が総合的に関与して心不全の改善につながっていると考えられます。さらに、SGLT2の腎臓に対する効果も心不全のコントロールと関係していると思われます。血糖値が高い心不全の患者さんは、高血圧も持っているケースが多く見られます。この場合、腎臓の機能はどんどん悪化していくリスクが非常に高くなります。腎臓には血液を濾過する機構「ネフロン」が100万個以上あり、血圧が高い状態が続くとネフロンが障害されて減少し、腎臓の構造そのものが衰えます。腎機能が悪化すれば、薬の代謝も低下して血圧のコントロールが難しくなり、動脈硬化やさまざまな心臓疾患を招きます。

「心腎連関」という言葉があるように、心臓と腎臓は密接に関係しています。糖尿病治療薬のSGLT2阻害薬は血糖をコントロールするための薬ですが、その作用機序によって心腎連関のバランスを整える可能性があるということです。

 ただし、心不全の治療薬としてすぐに使えるかどうかについては、まだ様子をみる必要があります。製薬会社の“思惑”が見え隠れしている側面があるからです。

 抗がん剤と認知症治療薬を除いて、近年の製薬会社にとって最大のターゲットは心不全です。これから高齢化が進めば、患者が増えるのは間違いありません。製薬会社にしてみれば「この薬で糖尿病の治療だけでなく心不全の管理もできますよ」となれば、大ヒットを望めます。

 実は以前にも、DPP―4阻害薬と呼ばれる糖尿病治療薬が心血管疾患に対して有効なのではないかと期待する声がありました。DPP―4阻害薬は、膵臓のβ細胞を刺激してインスリンの分泌を増加させる働きを持つ「インクレチン」というホルモンのひとつGLP―1を分解する酵素(DPP―4)の働きを妨げることで血糖を降下させます。GLP―1には心血管保護作用、DPP―4が分解する分子の中には臓器修復作用があるため、心臓の血管再生に有効だろうと考えられたのです。

 しかし、実施された大規模臨床試験でははっきりした心血管イベントの抑制は認められませんでした。つまり、さまざまな製薬会社が心不全をターゲットにしてエビデンスをつくりたがっているのです。

 もちろん、SGLT2阻害薬が明らかに心不全に有効であれば喜ばしいことです。さらなる大規模試験の結果を待って、もっとエビデンスが蓄積されることを期待しています。

天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。

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