がんと向き合い生きていく

80歳の男性患者は孫からの“宿題”で生きる元気を取り戻した

佐々木常雄氏
佐々木常雄氏(C)日刊ゲンダイ

 Pさん(80歳・男性)は悪性リンパ腫がなくなって5年が経過しました。「治癒した」と考えていますが、高血圧と脳梗塞の後遺症があり、2カ月に1回のペースで定期的に通院されています。

 2カ月前の受診では、元気がなさそうな様子で診察室に入ってきました。そして、こんなお話をされました。

「5日前に37度5分くらいの熱が出て3日ほど続きました。食欲がなくなって、このまま死んでもいいと思ったんです。娘に電話したら、『解熱剤を1錠飲め』と言われて、飲んだら熱が下がって食べられるようになりました。またリンパ腫が出てきたのではないかと思ったり、せっかく治してもらったのにあの時死んだほうが良かったのではないかとか、この年になって生きている意味をいろいろ考えます。生きていても仕方がない気もするのです」

 Pさんは、体の調子が悪くなると「どうして生きているのか」を考えるといいます。

「この年じゃ先がないし、希望なんてなんにもないんですよ。いつ死んでもいいけど、生きる意味ってなんですかね?」

 いつもPさんはたくさん話されます。この日も、調子が悪いと言いながらおしゃべりが続きました。

「普段は買い物に行くくらいで、外にはあまり出ません。テレビばっかり見ているけど、政治のことでは腹が立つし、またコマーシャルが嫌でね。最近のお笑いは品がないね。男が裸になって、頭叩いて笑ってる。客も一緒に笑っているけど、あれで芸人ですかね? (柳家)金語楼の時代の落語や漫才を見せてやりたいですよ」

「胃の検査? いいよ、やらなくていい。いつ死んでもいいんですよ。本当、絶対に嫌です。がんがあっても、進んで死んでも、先生のせいにはしないよ」

「先生は『生きていたらいいことある』って言うけど、ないよ、先生! いいことなんてない。娘に老人会の集まりに行けと言われるけど、いまさら行っても知り合いはいないし、ひとり暮らしでいいんですよ。世の中に役に立つわけでもないし、私が生きている意味なんてないんだ。けど、先生に助けてもらったし、こうして外来にまた来ますよ」

「楽しみは孫の成長くらいかな。一緒に住んでいないけどね。先生、小学生の頃の孫はかわいかったよ。でも、だんだん塾とかでいまや会えるのは年2、3回くらいかな。来た時は小遣い稼ぎ、金集めなんだから……もらったらすぐ帰ってしまう」

 ひとしきりお話をされて、Pさんはお帰りになりました。

■図書館にも通い始めた

 それから2カ月後の受診です。今度はとても元気そうに見えました。

「元気ですよ。採血の結果はどうでした? 悪いものはなにもなかった?良かった。おかげさまでありがとうございます。この間、私の誕生日だからって中学生の孫が来てね。“宿題”をもらっちゃいましたよ。なんと『人間の生きる意味』って題で作文を書くから、生きる意味を教えてくれって言うんです。親は人生経験が長いおじいちゃんに聞けって言ったそうで、そんなこと聞かれて困ってしまって。私の宿題になってしまいましたよ。私はそんな難しいこと考えたこともないしね。『世界でたった一人の私のおじいちゃん。元気で長生きしてください』なんて書いたカードを持ってきてさ。気がついたら小遣い弾んであげちゃいましたよ」

 Pさんはニコニコ顔です。

「こんな話できるのは先生だけだ。睡眠剤、出すの忘れないでね。あれがないと眠れない時に困るから。来月、また孫が来る時まで宿題の答えを考えておかなくちゃならなくなって大変です。図書館通いしてますよ。先生、診察を待ってる人がいっぱいだよ。次の2カ月後は1月だね! また来るから、先生も元気でいてね。ありがとね!」

 上機嫌なPさんを見て、お孫さんから生きる元気をもらったのだと私は確信しました。次回の診察では、宿題にどう答えたのかをぜひ聞いてみたいと思いました。

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佐々木常雄

佐々木常雄

東京都立駒込病院名誉院長。専門はがん化学療法・腫瘍内科学。1945年、山形県天童市生まれ。弘前大学医学部卒。青森県立中央病院から国立がんセンター(当時)を経て、75年から都立駒込病院化学療法科に勤務。08年から12年まで同院長。がん専門医として、2万人以上に抗がん剤治療を行い、2000人以上の最期をみとってきた。日本癌治療学会名誉会員、日本胃癌学会特別会員、癌と化学療法編集顧問などを務める。

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