Dr.中川 がんサバイバーの知恵

松下奈緒演じる腫瘍内科医 日本の早期治療では不在の悲劇

ドラマ「アライブ」で腫瘍内科医を演じる松下奈緒さん
ドラマ「アライブ」で腫瘍内科医を演じる松下奈緒さん(C)日刊ゲンダイ

「手術する医師を代えていただけませんか」

 先日、TVドラマ「アライブ がん専門医のカルテ」を見ていると、娘の胃がん治療をめぐって、父親がそう強く迫るシーンがありました。父親の話を聞いていたのは、女優の松下奈緒さん演じる腫瘍内科医。腫瘍内科医は、がんの薬物治療を担当する医師です。

 娘は27歳、ステージ3の胃がんでした。腫瘍内科医は根治の可能性があるとして、術前化学療法を提案。ところが、父親は過去に抗がん剤で苦しんだ人を見てきた経験から、抗がん剤に抵抗。数日後、抗がん剤なしで、腕利き外科医での手術を希望したというストーリーです。

 このシーンを見た一般の方は、「腫瘍内科医=診断と治療の道先案内人」のように思うかもしれません。がんで薬物治療が必要になるのは、一般に進行、末期がん。そういう患者を腫瘍内科医が総合的に診ることは、よくあります。

 しかし、日本の腫瘍内科医は、診断と根治治療の選択にあまり関与していないのが現実。がん治療は早期発見を目指し、検診が普及していて、たとえば胃がんならX線か内視鏡で検査を行います。特に内視鏡で異常が見つかると、すぐに異常部位を採取して生検に。ここを担当するのは外科医で、早期の胃がんと分かれば手術です。

 便潜血で潜血が認められ、大腸内視鏡検査を行うのは多くの場合、外科医。早期の大腸がんと分かれば、やっぱり手術です。

 米国のがんセンターなどでは、状況がまったく違います。初診のがん患者が、外科医のほか放射線腫瘍医、腫瘍内科医の3者面談で患者の意向を聞きながら、治療法が選択されることが珍しくありません。北欧をはじめとする欧州は、放射線腫瘍医と腫瘍内科医が兼務されている国も多くあります。

 早期がんは、手術が中心で薬物治療が不要。そうすると、腫瘍内科医は利益相反がなく、中立的な立場のレフェリーです。早期の診断と治療に、腫瘍内科医がかかわるメリットは大きいのですが、日本の早期治療では残念ながらそうなっていません。

 腫瘍内科医が広がる前は、外科医が抗がん剤を担当することが珍しくありませんでした。今でこそ一定の条件をクリアした化学療法室で抗がん剤の点滴を行うと、外来化学療法加算が得られますが、そうでなければ、薬価との差益がなく、病院としてはほとんど利益が得られません。

 手術には、大きな利益があります。外科医が抗がん剤を担当してきたのは、その利益の中での“サービス”という面があったのかもしれません。がんを根治できるのは手術と放射線ですが、がん治療は手術が7割、放射線は3割。欧米は逆なのに、手術に偏るのは“中立的なレフェリー”が不在で、外科医が主導してきた影響が多分にあるでしょう。

 分子標的薬や免疫チェックポイント阻害剤など最新の薬剤は、免疫異常など細心の注意が必要な副作用が見られます。その管理は外科医の片手間では難しい。がんの薬物治療は、腫瘍内科医がいる施設で受ける方が無難です。

中川恵一

中川恵一

1960年生まれ。東大大学病院 医学系研究科総合放射線腫瘍学講座特任教授。すべてのがんの診断と治療に精通するエキスパート。がん対策推進協議会委員も務めるほか、子供向けのがん教育にも力を入れる。「がんのひみつ」「切らずに治すがん治療」など著書多数。

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