がんと向き合い生きていく

医師同士が気軽に相談できる環境が質の高い医療につながる

佐々木常雄氏
佐々木常雄氏(C)日刊ゲンダイ

 Bさん(43歳・男性)は「悪性リンパ腫」で2年前に再発したものの、幸い再度腫瘤は消失して、現在は落ち着いています。

 Bさんはとても心配性で、外来診察に来るたびに「再発していないでしょうか?」と尋ねられます。採血検査をすると、「IL―2R(インターロイキン2レセプター=悪性リンパ腫の腫瘍マーカー)とLDH(乳酸脱水素酵素)値はどうでしょうか?」「先生は『正常範囲内での数値の変化』だと言われますが、前回の数値よりも少し高いのはどうしてでしょうか?」「CT検査をしなくて大丈夫でしょうか?」といったように不安な様子で話されます。

 そんなBさんが、会社の転勤で遠方のF市に移住することになり、F市立M病院の血液内科に紹介することになりました。案の定、Bさんは、転院先のM病院ではどんな医師が担当になるのかを心配されています。

 ある日、腫瘍内科のカンファレンスで、Bさんのことについて話し合いがありました。

「M病院の血液内科にはS部長、R医長、T医員がいる。S部長はすごくいい先生だけど忙しく、割り切りがよくて冷たく感じることがある。心配性のBさんの場合は、R医長にお願いするのがいいかもしれない。きっとR医長なら、Bさんの話をよく聞いてくれるだろうし、うまくいくと思う」

 そんな意見から、診療情報提供書はR医長宛てにお願いすることになりました。

 がん患者は、完治と判断されるまではどうしても病院に通院し、医師とも長く付き合うことになります。

 安心して通院するためには患者にとってウマが合う医師、合わない医師では大変な違いです。運悪く相性が合わないと、患者の心の負担は相当なものです。

 病院内の医師同士の関係でも、気安く相談できることがとても大切だと思います。医師は、患者の治療が自分で十分対応できる場合でも、同じ病院内にそれぞれ専門の医師がいるのだから気軽に相談して、自分の考える診断・治療と同じであるかを確認することもあります。

 たとえば、白血病の患者が持病に糖尿病があった場合、血液内科の担当医が白血病の治療をしながら、糖尿病専門医に相談してみることが重要です。「この患者の糖尿病は、自分だけで十分コントロールできる状態だ」と考えた場合でも、糖尿病専門医と相談することによって、患者も担当医も安心で安全な、そして最新の治療につながるのです。そこに質の高い医療があるのです。

■それでも「良医」にお願いしてしまう

 ある時、白血病の患者が夕方になって鼻出血があり、担当医が処置しても止血しにくいことがありました。担当医は耳鼻科のS医師に診察をお願いしました。

 耳鼻科の医師の中で緊急時の当番が決まっている場合、当然、当番の医師にお願いします。しかし、その当時は当番制がありませんでした。それで担当医は、時間外でも嫌な顔をせずにすぐに診てくれる親切なS医師に依頼したのです。もちろん、耳鼻科の他の医師の技術や腕にはまったく問題はないのですが、気軽に依頼できることからS医師に頼んだようでした。

「困った時のS先生、きっと、なんとかしてくれる」

 S医師はすぐに飛んできてくれました。

 担当医は、S医師は他の診療科からの依頼も多くなっていてとても気の毒と思ったようですが、それでも出血している目の前の患者を見ると、S医師にお願いすることを選択したといいます。

 昔のように入院日数が長かった時代よりも、今は1人の医師がたくさんの患者を診察しなければならなくなった事情もあって、依頼されたS医師は長時間勤務が続くことになります。このような良医は、その家族が犠牲になっている場合が少なくない点も気になります。

 きっと、心配性なBさんをお願いしたM病院のR医長も、長時間働いておられるのだろう……そんな思いが頭をよぎります。それでも、R医長に「Bさんをよろしく」とお願いしてしまうのです。

■本コラム書籍「がんと向き合い生きていく」(セブン&アイ出版)好評発売中

佐々木常雄

佐々木常雄

東京都立駒込病院名誉院長。専門はがん化学療法・腫瘍内科学。1945年、山形県天童市生まれ。弘前大学医学部卒。青森県立中央病院から国立がんセンター(当時)を経て、75年から都立駒込病院化学療法科に勤務。08年から12年まで同院長。がん専門医として、2万人以上に抗がん剤治療を行い、2000人以上の最期をみとってきた。日本癌治療学会名誉会員、日本胃癌学会特別会員、癌と化学療法編集顧問などを務める。

関連記事