上皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

医療現場を崩壊させないために考えるべき3つのポイント

天野篤氏
天野篤氏(C)日刊ゲンダイ

 新型コロナウイルスの感染拡大による医療崩壊を避けるため、東京では新型コロナに対応できる病床数を増やそうとしています。順天堂医院も専用病棟をつくり、ICU内専用ベッドを加えて二十数床を確保しています。

 こうした非常事態にあって、医療現場を崩壊させないようにするために考えなければいけないポイントは3つあります。①現状の新型コロナ患者の治療にどう対応するのか②一般の患者さんの治療にどう対応するのか③感染終息後の体制をどうするのか――です。

 まず①についてお話ししましょう。専用病棟を設置するに当たり、新型コロナの患者さんに対応する専従チームが編成されました。各診療科から人員が選ばれ、心臓血管外科からもスタッフが派遣されています。国内の新型コロナウイルス感染は、「感染者と死亡者数が短期間で激増したニューヨークの3週間遅れで追従している」という報告が現地の関係者から次々と届き、同じ米国内でも感染者・死亡者数ともに低水準に抑え込んだカリフォルニア州の「stayhome,besafe」を徹底するように国家非常事態宣言が出されました。ニューヨーク市内の病院で働く以前の仲間からは、全病床の70%が新型コロナウイルス感染による肺炎または関連合併症患者で、7日間連続勤務の激務状態で対応していると連絡を受けました。

 順天堂医院のコロナ対策専従チームも、同様な対応に近い激務になる可能性があり、通常の重症患者または先進医療対応症例に強く関与しなくてもいい人選をする必要がありました。また、万が一感染して濃厚治療になった時、試用段階にある抗ウイルス薬の副作用が出にくい体質の関係者が望ましいということになります。

 自薦、医局内での話し合いは十分に尽くし、若手2人が参加してくれることになりました。どんなに本人の志が高くても、高齢で持病があるスタッフでは、感染したら重症化して治療にも苦労する可能性が高くなります。そうなると、チーム全体の崩壊を招いてしまいます。そうしたことを理解して立候補してくれた仲間には本当に頭が下がる思いです。

 ②については、専用チームに加わらずに残ったスタッフが、普段と同じように新型コロナ以外の患者さんの治療に対応します。ただ、専用チームにスタッフを派遣している分、通常の治療に当たる人手が減っているので、一般診療を絞り込み、手術の件数も半分から3分の1くらいまで減らす体制で臨んでいます。

 そもそも、心臓の外科手術は優先度が高いといえます。発作を起こして命の危機が迫っているケースはもちろん、日常生活が送れていても症状が表れている患者さんなどは、いつもと同じように手術を行います。一方、手術が望ましいとはいえまだ“待てる”時間がある患者さんには、不公平にならない形で納得してもらって延期しているのです。

■「ポストコロナ」も見据える

 手術に関わるスタッフは、新型コロナに感染しないように病院が決めたルールを徹底的に順守して臨みます。救急で運ばれてきた患者さんの緊急手術をする際は、新型コロナに感染しているかどうかを確かめている時間はありません。そのため、病歴や救急時の情報から明らかに否定できない限り、「感染者」として特殊な手術室で処置を行います。担当するスタッフも、ウイルス感染の防止に対応した防護服、マスク、手袋などを使用することが決められているのです。

 次に重要なのが、③“ポストコロナ”の体制です。医療体制を維持するためには、感染が終息したタイミングで、できるだけ早く平常業務に戻る必要があります。

 何より重視しているのがスタッフの休息です。今回のような緊急事態では、一番問題になってくるのがストレスです。肉体的な負担よりも、精神的なダメージが大きく響いてくるのです。ですから、スタッフのストレスをうまく取り除く工夫が求められます。

 新型コロナに対応する専用チームはまた別の対策が必要ですが、一般の治療に当たっているスタッフには的確に配置することで余裕をつくり、終息後に備えさせます。手術を含めて一般診療を縮小したことで生まれる時間を有効利用するのです。

 家族と一緒に長く過ごしたり、普段はなかなか取り掛かれなかった研究活動をしたり、やり残していた仕事をこなしたり……スタッフによって時間の使い方はさまざまです。もちろん、何もしないでただ休息をとるケースもあるでしょう。こんなふうに自分で考えて余計なストレスを受けないような活動をすることで精神的な負担を軽減しておけば、感染が終息したタイミングですぐに通常業務をスタートさせることができます。本来の仕事でかかるストレスもそれほど無理なく受け入れることができて、いち早く元のペースを取り戻せるのです。

 現場を崩壊させず、通常の医療体制を維持していくために、医療従事者は奮闘しています。

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天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。

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