新型コロナの未来 イヌウイルスから見た世界同時弱毒化の可能性

ブラジルでは感染者が300万人に迫る
ブラジルでは感染者が300万人に迫る(C)ロイター

(宮沢孝幸/京大ウイルス・再生医学研究所准教授)

 今回は新型コロナウイルスの未来を占う上で、少し明るい話をしたい。イヌの新興ウイルス感染症の話である。1978年ごろに英国で子犬が下痢や心筋炎で相次いで亡くなる伝染病がはやった。原因は「パルボウイルス」という小さなウイルスであることが分かり、「イヌパルボウイルス2型(CPV―2)」と名付けられた。

 当時すでに、ネコで「汎白血球減少症」を引き起こすパルボウイルスが知られており、「ネコ汎白血球減少症ウイルス(FPLV)」と呼ばれていた。CPV―2とFPLVは遺伝的に近い。そこで、FPLVがイヌに感染し、CPV―2になったと考えられたが、CPV―2はイヌには感染するがネコには感染しない。一方、FPLVはネコに感染するがイヌには感染しない。FPLVがイヌに感染しCPV―2に進化したとは考えにくかった。

 その後、CPV―2に近いウイルスがアカギツネに見つかり、CPV―2はキツネの近縁種のパルボウイルスがイヌに感染した新興ウイルス感染症であることが分かった。

 ここから、不思議なことが起こった。イヌで病原性が高かったCPV―2であるが、1年もすると、病原性の低いウイルスが出現したのだ。このウイルスは抗原的に区別がつき(抗体に対する反応性が異なる)、「CPV―2a」と名付けられた。さらに、1984年になると別の抗原型も出現し、「CPV―2b」と名付けられた。CPV―2aとCPV―2bは一気に世界を駆け巡り、CPV―2と置き換わった。そして、CPV―2はこの世から消滅してしまった。

 なぜ、CPV―2aやCPV―2bが短期間に世界中に広がったのか謎であった。イヌ用のワクチンにこのウイルスが混入したことも考えられたが、そのような証拠はなかった。

■毒性の低いウイルスは1カ所で出現したわけではない

 その後、われわれは東南アジアや日本のイヌパルボウイルスを分離し、遺伝的解析を行った。その結果、興味深いことが分かった。弱毒化したCPV―2aとCPV―2bがどこかで出現し世界を回ったように考えられていたのだが、遺伝子解析の結果はそうではなかったのだ。なんと、世界各地に広がったCPV―2が、CPV―2aとCPV―2bに「世界各地で独立に」進化したのであった。

 新型コロナウイルスは現在、地域ごとに変異が蓄積している。さまざまな研究者が新しい型を提唱しているが、地域ごとに遺伝型が変わることは当然のことである。問題は「抗原型が変わるのか」、そして「毒性が変わるのか」である。

 新型コロナウイルスがCPV―2と同じような経過をたどるのであれば、それほど恐れることはない。世界各地で同時多発的に弱毒化し、毒性の高い新型コロナウイルスは駆逐されていくのであろう。

 実際に、その兆候は表れているようだ。欧米においても新型コロナウイルスは依然として拡大傾向ではあるが、重症化率、致死率は明らかに低下している。

 コロナウイルスはさまざまな動物に感染している。ネコも例外ではない。ネコのコロナウイルス(FCoV)は多くのネコに感染しているが、普通は重篤な疾病を起こさない。ところが、一部のネコでは伝染性腹膜炎(FIP)という重篤な疾病を引き起こす。FIPを引き起こすFCoVは特別に「ネコ伝染性腹膜炎ウイルス(FIPV)」と呼ばれる。FIPVは、FCoVとイヌのコロナウイルス(CCoV)との組み換えで生じると考えられている。

 強毒のFIPVはネコでは拡大しない。あくまでもネコに感染し広がっていくのは、弱毒型のFCoVである。強毒なウイルスが弱毒のウイルスを押しのけて蔓延することはないのだ。

 それは考えてみれば当然の話だ。重篤な病気を起こした個体は動き回ることはできず、他の個体にウイルスを伝達することは困難である。病原性が低いウイルスに感染した個体は、動き回ることができるので、結果的に他の個体にウイルスをまき散らすことになるのだ。

 新型コロナウイルスがどのように進化していくのか、われわれ研究者は興味深く見守っている。しかし、自然の摂理に逆らうことはないだろう。

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