在宅緩和医療の第一人者が考える「理想の最期」

施設が“安全”を優先すると…自立の機会を奪う新型コロナ

写真はイメージ
写真はイメージ(C)日刊ゲンダイ

 2019年秋に地元・山形県の庄内地方に戻ってきた。当初は鶴岡市立荘内病院に所属したが、今年になり、庄内保健所の所長として就任を要請され、これまでライフワークとしてきた在宅医療、緩和ケアの普及、地域包括ケアシステム構築を公的な立場で実現するいい機会と考え、受諾し、庄内地域全体を見据えた活動を始めた。

 そんな中で予期せぬ事態が発生した。新型コロナウイルスの蔓延だ。

 介護の現場では人と人との密が避けられない。耳が遠ければ耳元で話をし、自力でベッドから起き上がることができなければ抱きかかえて起こす。自立した歩行が難しければ手をつなぎ、食事をするのが難しければ口に運ぶ手伝いをする。これは日常のありふれた光景だ。

「新型コロナの影響が長期にわたると、介護の現場は深刻な局面を迎えることになるでしょうね。介護施設の利用制限や介護者の離職などが起これば、利用者へのケアが行き届かなくなります。その結果、フレイルから要介護に進行してしまう恐れがあるのです」

 フレイルとは、身体的機能や認知機能が低下し、健康な状態とサポートが必要な介護状態の中間に位置していることを指す言葉だ。

 コロナの感染予防で施設が“安全”を優先すれば、患者は必要以上に“管理”され、人との接触も減らされる。他者の力を借りれば自立できる高齢者にとっては、その機会が失われてしまうことが考えられるという。

「高齢者施設でクラスターが発生すれば、地域社会にとっても脅威です。病院のベッドには限りがある上、高齢者は重篤化しやすいため、重症者用ベッドが不足する事態が考えられます。仮に軽症だったとしても、認知症の患者に隔離を理解してもらうのは難しい。病院の医療者だけでは対応ができないのは明白で、今以上の人手が必要になります」

 リスクを抱えているのは高齢者施設だけではない。障害者福祉施設も同様だ。

「地域医療が崩壊しないためにも、社会的配慮が必要とされる人への一層の感染防止対策が重要です。万が一、施設などでクラスターが発生した場合は、災害発生時の対策のように現地に専門家を派遣し、行政とチームを組織して対応することが必要でしょうね。高齢者や障害者などの要配慮者も地域で安心して暮らすことができるように、地域全体で支えていきたい。感染症に強い地域にするためにも、地域包括ケアの充実は欠かせないものだと思っています」

 団塊の世代が後期高齢者に達する2025年はそこまで迫ってきた。一方で、みとりを念頭においた在宅医療や緩和ケアも、少しずつではあるが浸透している。

 ここで足踏みは許されない。

 (おわり)

(取材・文=稲川美穂子)

蘆野吉和

蘆野吉和

1978年、東北大学医学部卒。80年代から在宅緩和医療に取り組む。十和田市立中央病院院長・事業管理者、青森県立中央病院医療管理監、社会医療法人北斗地域包括ケア推進センター長、鶴岡市立荘内病院参与などを歴任し現職。

関連記事