がんと向き合い生きていく

強い抗がん剤は口内炎ができやすい 治療前の口腔ケアが大切

佐々木常雄氏
佐々木常雄氏(C)日刊ゲンダイ

 無菌室で闘病を続けている急性白血病の患者Aさん(17歳・女性)は、抗がん剤治療の終了5日後に口唇と歯肉が赤くなり、口内炎がひどくなってきました。下唇を指さして「痛い」と訴えるAさんに、担当医は「食事は流動のしみないものにしたから、頑張って食べてみてください」と言葉を掛けました。

 ガラス越しにその様子を見ていた父親が「Aは頑張れるか心配です。一段と痩せたように思います」と看護師に漏らすと、看護師は「Aさん、頑張り屋さんですよ。もうしばらくの辛抱です。口腔科も診てくれています」と答えました。

 強力な抗がん剤治療の後は、白血球数が少なくなり口内炎が起こりやすくなります。発熱した時は、抗生剤の点滴補液など重篤にならないようにできるだけの対応を行い、白血球数が戻るまで何とかしのぎます。急性白血病の治療ではこの頃が一番つらい時です。

 Aさんは、その7日後に白血球数が回復し始め、口内炎も良くなって笑顔が戻ってきました。

 話は変わります。以前、一緒に働いていた看護師長のFさん(50代・女性)のことです。

 いつも笑顔で、仕事の様子などいろいろ話してくれるのですが、その日は違っていました。

「口腔科で診ていただいて、『アフタ性口内炎』と言われました。ステロイド軟こうを処方されて使っているんですけど、なかなか治らないんです。もう2週間も経ちます」

 確かに、Fさんの下口唇の内側には径1センチくらいの白苔(アフタ)があり、周りが赤く潰瘍となっています。私は「自分も時々そうなるよ。しみて嫌だよね。ん~、早く治るといいね」と答えました。

 それから2週間後、Fさんの表情はまだ曇っています。

「先生、あの口内炎は治ったんだけど、今度は左側にできてきてまた痛むんです。もう嫌ですね」

 さらに1カ月後、廊下でFさんと会いました。今度は晴れ晴れとした笑顔です。

「口内炎はすっかり治りました。よかったです。私、先週から看護管理室ではなく、病棟勤務になりました。やっぱり職員の管理よりも、患者さんのそばが性に合っている気がします」

 Fさんにとって、看護管理室の勤務はストレスが多かったのではないか。私は「Fさんの口内炎は『心因性』だったのかもしれないな」と思いました。

■ひどい口内炎で食事ができなくなり…

 口内炎では私自身、つらい思い出があります。学生時代、高熱が出て1カ月ほど入院しました。末梢血液に異型リンパ球がたくさん出て白血病が疑われました。病気は幸いウイルス感染症と分かったのですが、この時、抗生剤の投与が続いたせいもあったのかもしれません。口内炎が口腔全体に広がり、痛みでまったく食べられなくなってしまいました。

 担当医は、あまりのひどさに食事摂取は無理と判断し、鼻腔から管を入れて経管栄養にしてくれました。鼻から挿入した管は頬に固定し、数日間そのままでした。

 夜、イヤホンで聞くラジオから、ザ・フォーク・クルセダーズの「帰って来たヨッパライ」が流れていました。

「おらは死んじまっただ~」

 そう繰り返される歌詞を聞いて、涙が出ました。

 数日後、口内炎が良くなってきて、管を抜いてもらった時のすっきりした気持ちは、今でも忘れられません。

 口内炎はいろいろな原因で起こり、その程度もさまざまです。口腔粘膜への歯の物理的刺激、ヘルペスウイルス、カンジダ菌、たばこのニコチン、アレルギー、ストレス、睡眠不足、ビタミン不足など多岐にわたり、原因が分からないこともあります。

 予防のためには、歯磨きやうがいなど、口腔粘膜を健康に保っておきたいものです。もし、強い抗がん剤治療を行う時は、重篤な口内炎にならないために、前もって齲歯(虫歯)などを口腔科でチェックしてもらい、口腔ケアを行っておくことが大切です。

佐々木常雄

佐々木常雄

東京都立駒込病院名誉院長。専門はがん化学療法・腫瘍内科学。1945年、山形県天童市生まれ。弘前大学医学部卒。青森県立中央病院から国立がんセンター(当時)を経て、75年から都立駒込病院化学療法科に勤務。08年から12年まで同院長。がん専門医として、2万人以上に抗がん剤治療を行い、2000人以上の最期をみとってきた。日本癌治療学会名誉会員、日本胃癌学会特別会員、癌と化学療法編集顧問などを務める。

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