サッカー選手をはじめ、アスリートが若くして心臓トラブルに見舞われ、中には突然死につながるケースがある。その原因のひとつとして「冠動脈起始異常」が考えられると前回お話ししました。
冠動脈起始異常というのは、心臓に栄養や酸素を送っている冠動脈が本来の場所とは違うところから出ている先天性奇形です。生まれつき心臓の構造に異常があり、それまで普段の生活では問題なくても、激しい運動による血圧の急上昇などがきっかけとなり、あるタイミングで発症する可能性があるのです。
アスリートの心臓トラブルでは、起始異常以外にも生まれつきの心臓の構造異常が関係しているケースが考えられます。「大動脈二尖弁」と呼ばれるものです。心臓には、血液が効率よく一方通行で流れるように調整している弁が4つあります。そのうちの大動脈弁は、本来なら開閉する弁構造が3枚あるのですが、それが生まれつき2枚にしか分離していないのが二尖弁です。日本人の80~100人に1人の割合で該当するといわれています。
弁が2枚だからといって日常生活に支障を来すわけではなく、そのまま一生を終えるケースもあります。しかし、2枚しかない弁の大きさや配置のバランスによっては、片方の弁にかかる負担が大きくなり、徐々にズレを生じて血液の逆流につながったり、負担の大きさの違いから硬化を来すなどして、大動脈弁狭窄症や大動脈弁閉鎖不全症といった心臓弁膜症を発症しやすくなります。
■大動脈解離を起こしやすくなるケースも
さらに、二尖弁の人は通常よりも大動脈が弱く、だんだんと大動脈の一部が膨らんで瘤になったり、大動脈解離を起こす場合があります。通常の人に比べ、大動脈解離の発生率が5~10倍になるという報告もあります。
大動脈解離は前触れなく血管が裂けて解離し、突然死する危険がある疾患です。普段は症状が出ていなかった二尖弁の人が、激しい運動などで血圧が急上昇したことにより急性の大動脈解離を起こし、そこから心タンポナーデ(心臓の周囲に体液や血液が大量にたまることで心臓が圧迫され、拍動が阻害される状態)になって死に至るというケースがあり得るのです。
二尖弁なのかどうかは、心臓CT検査や心臓エコー検査で分かります。職場健診などで聴診器を胸にあてて心臓の音を聞いた際、心雑音があって発覚する人もいます。また、血圧測定で下の血圧(拡張期血圧)が50㎜Hg以下だったり、上の血圧(収縮期血圧)と下の血圧の差が大きい人は二尖弁が疑われます。二尖弁で大動脈弁の逆流が起こっていると、上の血圧が高くなり、下の血圧が低くなるのです。
二尖弁から心臓弁膜症に進行し、胸痛、息切れ、めまいなどの症状がある場合、手術が検討されます。そのままでは次第に心臓が肥大したり、心臓の働きが落ちて心不全を招くため、大動脈弁を人工弁に取り換える弁置換術を行うのです。
このように、普段は症状が表れないような心臓の構造異常があると、一般の人では年を取って血圧が高めになってくるタイミングで発症するケースが少なくありません。これがアスリートの場合、激しい運動によって血圧が急激に上下動する機会が多いため、リスクは高くなるといえるでしょう。スポーツをしている人は一度検査を受けて、自分が二尖弁なのかどうかを確認しておくことをおすすめします。
国内外で心臓トラブルが相次いでいるサッカーだけでなく、プロのトップ選手に先天性の心臓の構造異常が原因と考えられる健康被害が生じるのは、選手を管理する側=チームにも責任があるといえます。管理する側が定期的にしっかり検査を実施していれば、選手が心臓にリスクを抱えているかどうかは分かることなのです。
たとえば巨大な旅客機を操縦するパイロットは、徹底的な身体検査が義務付けられています。担当する産業医は、不整脈や冠動脈疾患がないかどうかを厳しくチェックし、リスクファクターがある人は、冠動脈のCT検査やカテーテル検査まで実施したり、疾患があれば冠動脈バイパス手術が検討されるなど、状態に応じたフローチャートが決まっています。
プロのトップ選手は、自分の体を極限まで追い込んだところで勝負しています。そうした選手が突然の命の危険を招かないようにするためには、プロスポーツの世界でも、選手の全身状態を徹底的に検査する体制が求められます。ケガだけを診るチームドクターではなく、筋肉や骨格はもちろん内臓まで診ることができるドクターを起用し、選手を管理・監督する必要があるといえるでしょう。
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