Dr.中川 がんサバイバーの知恵

西郷輝彦さん急逝 前立腺がんは「NET化」すると1年生存率27%

西郷輝彦さん
西郷輝彦さん(C)日刊ゲンダイ

「お父さん、お母さんと出会ってくれてありがとう。痛みから解放されて、ゆっくり休んでください」

 前立腺がんで亡くなった俳優・西郷輝彦さんの娘でタレントの辺見えみりさんが、SNSに父を追悼するコメントを発表しました。兄と2人で感謝しながら父の最期を見届けたそうです。安らかな最期だったのは、何よりだと思います。

 西郷さんの前立腺がんを巡っては昨年9月、「がんが消えた」と語ったことが話題になりました。2011年に全摘した前立腺がんは、17年に骨転移が見つかり再発。治療で抑えていたものの、昨年になってマーカーのPSA値が急上昇。背中や肺にも広く転移したことから、豪州で日本未承認のPSMA治療を受けたところ、劇的な効果を生んだことが報じられました。

 その元気な姿からすると、今回の訃報に驚いた方は少なくないでしょう。前立腺がんには、治療せず経過観察で済む穏やかなタイプと、転移や再発を繰り返す難治性のタイプがあります。西郷さんは後者でした。

 PSMA治療は、前立腺がんと転移部分のみに集まる放射性薬剤を用いた放射線治療のこと。西郷さんはそれを3回受ける予定で渡豪したそうで、注目はその経過です。1回目は効果がない上、PSA値が上昇。2回目で「がんが消えた」といいます。

 西郷さんがユーチューブに投稿された画像を拝見すると、胸の病巣の一部は確かに改善しているように見えますが、上腕骨にはがんの骨髄への浸潤と思われる影が確認できます。しかも、「がんが消えた」とする一方で、PSA値は800まで上昇したそうです。

 その経過から推察されるのは、前立腺がん細胞の一部が変異した可能性です。PSMA治療は、変異する前の細胞の性質に反応するため、変異した細胞には効きにくくなります。そうすると、同じ治療に対し、一部の転移病巣に効果があり、ほかには効果がないということがまれですが、起こりうるのです。そうだとすると、変異前の治療なら、より効果的だったかもしれません。

 もう一点考えるなら、神経内分泌腫瘍(NET)化した可能性もあるかもしれません。NETは肺の小細胞がんのような性質を持つことが知られています。前立腺がんが進行しながら、元の性質を変えてNET化し、肺などに転移することが注目されているのです。

 NET化した前立腺がんの治療は、肺の小細胞がんと同じ治療を行い、抗がん剤のシスプラチンとイリノテカンを併用します。それでも進行が極めて速い。1年生存率は27%、2年生存率は10%とされます。

 がんは、早期発見を心掛け、病理検査を欠かさず、その性質に即した治療を選ぶこと。西郷さんの闘病生活は、その重要性を物語っていると思います。ご冥福を祈ります。

中川恵一

中川恵一

1960年生まれ。東大大学病院 医学系研究科総合放射線腫瘍学講座特任教授。すべてのがんの診断と治療に精通するエキスパート。がん対策推進協議会委員も務めるほか、子供向けのがん教育にも力を入れる。「がんのひみつ」「切らずに治すがん治療」など著書多数。

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