がんと向き合い生きていく

心配を分かってもらえていない…不安を抱えるがん患者の気持ち

佐々木常雄氏
佐々木常雄氏(C)日刊ゲンダイ

 乳がん治療を続けているKさん(63歳・女性)のお話です。

 ◇ ◇ ◇

 ある日のお風呂上がり、右乳腺に約3センチ大のしこりがあることに気づきました。乳がんではないかと思って、すぐにS病院の乳腺外科を受診したところ、担当医から「腋窩のリンパ節腫大もある」と言われました。針を刺して組織を採る針生検で、がんであることが確認され、ステージⅡBとの診断でした。

 担当医の勧めで、手術前に抗がん剤による化学療法を行いました。新型コロナ流行下だったこともあり、病院の外来治療はとても不安で緊張の連続でしたが、幸い腫瘤は触れにくくなるほど小さくなり、その点ではホッとしました。

 抗がん剤の影響で、髪の毛はすべてバッサリ抜けました。

「どうせいつかは死ぬ。みんなに迷惑だけはかけたくない」

 そう思いながら日々を過ごしました。

 手術を受け、麻酔から目が覚めたあと、担当医から「完璧な手術でしたよ」と言葉をかけられました。

 手術から1カ月後に受けた組織検査の結果、リンパ節転移が3個あり、担当医から「念のため再発予防のホルモン治療を行いましょう」と言われました。すぐにタモキシフェンの内服が始まり、最低5年以上は続けることになったのです。

 病院の待合室で心配そうにしている私を目にしたからでしょうか、外来担当のB看護師が「再発の確率は低いと思うから大丈夫よ」と言ってくださいました。この時は頭を下げて返事をしたのですが、心の中では「確率が低いと思うから大丈夫と言われても、再発するか、しないか……私にはゼロか100でしかないのよ」と思いました。

 それから、2カ月に1回の外来通院が続いています。

 1年すぎての外来では幸い、採血検査の結果は腫瘍マーカーの上昇はありませんでした。続けて受けたCT検査が終わって帰宅する時、またB看護師が「CTの結果は次回の外来で先生が説明してくれます。何も心配いりませんよ」と言ってくれました。

 私のことを心配してくれたのだと思うのですが「『何も心配いらない』って、結果はまだ分かっていないのに……」と、なんとなく腑に落ちないような気持ちになりました。夜になるとまた、あの「何も心配いりませんよ」という言葉が頭をよぎりました。なんとなく、気休めに軽く言われたような気がして、「私の心配を分かってもらえていない」──そう思いました。

 翌週、担当医からCT検査の結果が告げられました。

「報告書では再発はありませんでした。ただ、右肺尖部で少し気になるところがあります。ぼやっとしたこの影ですが、転移の影ではないと思います。ただ、前のCT検査ではなかったので、2カ月後にもう一度、CT検査をしましょう」

 私は、「はい」と答えて診察室を出ました。転移の影ではないと言われましたが、不安がよぎります。「転移でなかったら何が考えられるでしょうか?」と、どうして聞かなかったのかと後悔しました。

 診察の時、B看護師がジッと私を見つめていたように感じました。

 結果が良ければ、病院の近くのお店でコーヒーを飲み、モンブランケーキを食べて帰るつもりでしたが、素通りしました。また、自宅近くのスーパーで総菜を買って帰るつもりでしたが、そちらにも寄りませんでした。

 2カ月後、再びCT検査を受けたところ、担当医から「影が消えています。機械の人工的なトラブルだったように思います」と言われました。これでホッとできました。この2カ月間の不安はなんだったのだろうかと思いました。

 診察室を出たところでB看護師が近づいてきて、拍手をしながら「よかったですね。これで安心しましたね」と言ってくれました。フェースシールドとマスク越しでしたが、目がニコニコしているのが分かりました。

 私はとてもうれしくなって、「ありがとう」と何度も繰り返しました。B看護師は本当に心配してくれていたんだと感じました。

 ◇ ◇ ◇

 がんの患者さんは、たくさん不安な思いを抱えています。それだけ繊細なのです。

佐々木常雄

佐々木常雄

東京都立駒込病院名誉院長。専門はがん化学療法・腫瘍内科学。1945年、山形県天童市生まれ。弘前大学医学部卒。青森県立中央病院から国立がんセンター(当時)を経て、75年から都立駒込病院化学療法科に勤務。08年から12年まで同院長。がん専門医として、2万人以上に抗がん剤治療を行い、2000人以上の最期をみとってきた。日本癌治療学会名誉会員、日本胃癌学会特別会員、癌と化学療法編集顧問などを務める。

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