上皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

カテーテルによる補助人工心臓はさらに進化する可能性もある

天野篤氏
天野篤氏(C)日刊ゲンダイ

 去る4月、日本で承認されたばかりの補助人工心臓を使った心臓手術が大阪警察病院で実施されました。「IMPELLA(インペラ)」と呼ばれるデバイスの新モデルで、超小型ポンプを内蔵したカテーテル装置を心臓の左心室内に留置し、心臓のポンプ機能を補助して血流を維持します。

 インペラが日本に導入されたのは2017年9月で、実施は認可を受けた施設に限られます。2022年5月現在、国内で認可されているのは234施設で、東京では東大病院や東京都健康長寿医療センターなどでも行われています。

 今回、日本で初めて使用された新モデルは2021年11月に承認され、1分間に最大5.5リットルの血液を送り出すことができ、これまでの足の付け根や胸の血管だけでなく、肩の動脈からの挿入が可能になっているそうです。

 インペラは、左心室に留置されたポンプ内のプロペラをモーターで回転させてカテーテル先端の吸入部から血液を吸引し、上行大動脈に位置する駆出部から血液を送り出して血液を循環させる仕組みです。薬物治療が効かない心原性ショックの症例が適応で、重症心不全が悪化した場合、急性心筋梗塞や劇症型心筋炎による重症ショックを起こしたケースなどで実施されます。

 ただ、インペラはあくまでも一時的に心臓の機能を補助する装置で、数カ月から数年にわたるような長期間の補助はできません。

 新モデルも継続して使用できる期間は30日とのことです。インペラでポンプ機能を補助している間に心臓を休め、心臓の回復を待つのです。

 今回の手術は、心臓の切開手術を受けた後に心原性ショックを起こした80代の男性に対して実施され、インペラを留置して治療を続けた男性は2週間ほどで回復して装置を取り外し、その後はリハビリを続けているといいます。

 インペラはカテーテルやポンプが非常に小型なので、これまでの補助人工心臓よりも体への負担が少ない低侵襲な装置です。このままさらに技術が進化して小型化が進み、一時的ではなく半永久的に使用できるような装置が開発される可能性も考えられます。

■バッテリーの進化も必要

 たとえばクルマで考えてみると、近年、飛躍的に進化しているEV(電気自動車)は、それまでのガソリン車のようなエンジンは搭載されておらず、バッテリー、モーター、制御装置によって動きます。バッテリーが供給する電力によってモーターが回転し、走行するのです。さらに、回転するモーターは発電機の役割も担って電気を発生させ、バッテリーに送られて再び利用されます。

 一般的なEVは、従来のエンジンがあった場所にモーターが配置されています。しかし、技術の進化によってモーターが小型化され、新しいEVでは、前2輪と後2輪のホイール内に1個ずつモーターを配置して制御するタイプが登場しています。1モーターよりも、2モーターの方が当然ながらパワーは大きくなります。さらに、いまは前後の4輪それぞれに計4個のモーターを搭載する4モーターの開発が進んでいます。より車体をコントロールしやすく、操作性や操縦性が高まるといわれています。

 補助人工心臓は、弱った心臓が拍動して少しでも血液を送り出していれば、モーターでプロペラを回して血流を生み出します。ということは、モーターを含めた装置がさらに小型化されれば、心臓が全身に血液を循環させる際に不具合がある箇所にそれぞれモーターを設置し、血流を適正配分することができるようになる可能性があるのです。

 たとえば、心臓から脳に向かう上行大動脈の心臓の出口に1個、腹部の臓器に向かう場所に1個、下肢に向かう場所に1個といったように配置し、その3個のモーターがリズミカルに連動するようにコントロールするペースメーカーのような機器を設置すれば、体の動きに応じてモーターを動かし、脳、内臓、足の血流が守られるようになるのです。

 心臓の場合、EVのモーターのようにそれぞれが完全にシンクロする必要はありません。1秒くらいずれて動いたとしても問題はなく、そこまで高い精度が求められるわけではないため、技術的には十分に可能と言えるでしょう。

 ただ、モーターが止まってしまうと一巻の終わりなので、バッテリーの進化も必要になります。いまは補助人工心臓につながったケーブルを体外に出して電力を供給しているのですが、モーターが小型化されて各所に配置する場合、一個一個の容量は小さく済みます。ですから、パッドの上に置くだけでワイヤレス充電できる最近のスマートフォンのように、充電器が搭載されているベッドに30分くらい寝ているだけで1日分の充電ができるようなシステムが開発されてもおかしくありません。

 もっとも、技術がさらに進化して補助人工心臓が小型化され、性能が向上したとしても、治療費がとてつもなく莫大になることが予想されます。そうした費用をどこが負担するのかという新たな問題が生じるのです。

 次回、引き続きお話しします。

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天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。

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