認知症治療の第一人者が教える 元気な脳で天寿を全う

脳の健康寿命を延ばすには「変化」を見逃さないことが重要

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写真はイメージ(C)日刊ゲンダイ

 日本人の平均寿命は延びています。厚労省が発表する2020年の簡易生命表では、男性の平均寿命は81.64歳、女性87.74歳。男女ともに前年の平均寿命を上回っています。

 では、脳の寿命はどうでしょうか? 残念ながら、体に比べると延びているとは言えません。脳の健康寿命の限界は、認知症の増加という形で表れています。

「日本における認知症の高齢者人口の将来推計に関する研究」では、2012年の65歳以上の認知症有病率は15%(462万人)。糖尿病などの有病率が認知症の有病率に影響を与えることがわかっており、糖尿病有病率が2012年以降も20%増加すると仮定した上で、2025年には高齢者の20%に当たる730万人が認知症になると推計しています。

 認知症の主な原因疾患は、約70%がアルツハイマー病、約20%が脳出血や脳梗塞といった血管に由来する血管性認知症、それ以外がレビー小体型認知症や前頭側頭葉変性症になります。

 血管性認知症は、脳血管障害の引き金となる高血圧、糖尿病、脂質異常症、肥満などの対策によって、明確な予防策を講じることが可能ですが、アルツハイマー病は根本的予防策がありません。結果、脳の寿命の延びが、体の寿命の延びに追いつかないというアンバランスな状況になっているのです。

 しかし最新の研究で、脳の寿命を延ばせる可能性があることが明らかになってきています。

 たとえば包丁で指を切っても、時間の経過とともに傷が塞がり自然と治っていきます。手術で切開した部分を縫い合わせて時間が経てば、抜糸しても皮膚はくっついたままです。これらは、皮膚の細胞が再生するおかげです。

 一方、脳の細胞は減っていくだけで、一度死んでしまえば再生できないといわれてきました。つまり、脳が老化し萎縮すれば脳の働きは衰えていくしかない。脳の寿命を延ばせないというのが、定説だったのです。

■重要なのは、「変化」を見逃さないこと

 これを覆す研究結果が、近年発表されています。中でも注目を集めたのは、米国科学アカデミー紀要「PNAS」に10年ほど前に掲載された論文です。イタリアのパビア大学とトリノ大学のグループが行った研究内容になります。

 研究者たちは、マウスから神経細胞(ニューロン)を採取し、平均寿命が約2倍のラットの神経システムに移植しました。すると、その神経細胞はマウスの寿命を超え、新しい宿主で長命のラットの寿命が尽きるまで完璧に生きて活動していたのです。

 これは、人間においても同様の展開が考えられます。体の寿命は延びているわけですから、新たに適切な対応をとれば、脳細胞の寿命も延びる可能性があるのです。体の寿命の延びと脳の寿命の延びが同じラインに並ぶ時代が来るのも、夢ではないかもしれません。

 さて、現段階でできる対策としては、3段階の予防(「発症させない」1次予防、「発症を遅らせる」2次予防、「進行を遅らせる」3次予防)のうち、2次予防と3次予防があります。特に重要なのが2次予防で、脳の変化に早めに気づくことです。

 認知症を治す薬はないものの、認知症で最も多くを占めるアルツハイマー病の進行は、年単位と非常にゆっくりです。しかも、認知症の前段階(軽度認知障害=MCI)でアルツハイマー病の認知症発症を遅らせる対策を講じれば、体の寿命が尽きるまで、脳の健康寿命を保てる可能性があるのです。

 では、認知症の前段階はどうやってチェックすればいいのか? 

 臓器なら、健康診断や人間ドックでの数値によって、一目瞭然ですよね。しかし脳の異常は、同じようにはチェックできません。加えて、認知症に関するのは脳全体のほんの一部分ですから、健康な脳の部分で衰えたところをカバーしてしまい、異常が目に見えてわかるようになるまで時間がかかります。

 大事なのは、「変化」を見逃さないこと。次回、どういう変化があるのかを紹介しましょう。

新井平伊

新井平伊

1984年、順天堂大学大学院医学研究科修了。東京都精神医学総合研究所精神薬理部門主任研究員、順天堂大学医学部講師、順天堂大学大学院医学研究科精神・行動科学教授を経て、2019年からアルツクリニック東京院長。順天堂大学医学部名誉教授。アルツハイマー病の基礎と研究を中心とした老年精神医学が専門。日本老年精神医学会前理事長。1999年、当時日本で唯一の「若年性アルツハイマー病専門外来」を開設。2019年、世界に先駆けてアミロイドPET検査を含む「健脳ドック」を導入した。著書に「脳寿命を延ばす 認知症にならない18の方法」(文春新書)など。

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