がんと向き合い生きていく

「毎日、体のどこかが痛い」と訴えるひとり暮らしの患者の心境

佐々木常雄氏
佐々木常雄氏(C)日刊ゲンダイ

 悪性リンパ腫が完全寛解してから4年がたつYさん(75歳・女性)はひとり暮らしです。

 先日、定期検診で来院されたとき、こんなお話をしました。

「先生、畑に出ると疲れ方が60代の頃とは違うね。70過ぎてから、まったく違う。病気だったからかな。腰が痛いのも治らないし、足の親指が痛いし、背中が痛い、歯が痛い……なんだか耳も塞がってる。喉も痛いけど、熱はないからコロナじゃないと思うけど。毎日毎日、体のどこかが痛いのよ。まさか、リンパ腫が再発したんじゃないだろうね。アハハハ……。私はいつ死んでもいいと思っているんだけど、苦しむのだけは嫌だよ、先生」

 私はこう答えました。

「歯は歯科か口腔外科で診てもらわないとね。足の親指は診たところ何もないよ、動きもいいし……。先日のCT検査では背中や腰のところにリンパ腫の影はなかったし、問題なかったよ。整形外科に診てもらうかね?」

 以下、こんなやりとりが続きました。

「アハハハ、ならいいよ。もう少し様子を見るよ。でも、畑はいいよ~。昨日は土しか見えてなかったのに、今朝はアスパラがすくっと5本、生えていた。夜中に出たのかね? 毎年、同じことだけど、見てると不思議だね。それはそれはおいしいんだから……おいしいよ。まあ、雑草だって刈っても刈っても生えてくる。そうだよ、植物はすごいね。腰が痛くても、畑からは目が離せない。この間、息子が来て、お寺に連れてってくれたんだ。そこは“がんよけ寺”なんだって。私はリンパ腫になってしまったから、もう遅いけど。アハハハ」

「採血の結果も前回と変わりませんでしたよ」

「ありがとうございます。先生、今日は待っている患者が少ないみたいだから、まだ話していいかい? この間、うちの猫のミーちゃんがあまり食べなくなって、獣医さんに診てもらったら、白血病だっていうんだよ。それで抗がん剤も何もしないで死んじゃった……かわいそうなことをしちゃった。私のリンパ腫だって白血病と同じでしょう?私が治療してもらって、こんなに元気で長生きしているのに、猫のミーちゃんにはかわいそうなことをした。人間のと猫のとは違うんだよね。私のリンパ腫が猫にうつったことはないよね?」

「それは違いますよ。人間のリンパ腫と猫の白血病は違います」

「それを聞いて安心した。なんだか、人間と猫は違うけど、同じ命っていえば命だからね。かわいそうでね。お寺によっては猫も犬も一緒にお墓に入れてくれるところがあるらしいけど、うちの寺は大丈夫か聞いてみるよ。でも寂しいから、また猫を飼ってみるか迷ってる……時間とってごめんね」

「体調が悪かったら、また遠慮なく言ってください」

「もうひとつ聞いていいかい? 私は再発予防に何か薬を飲まなくていいのかな。隣の奥さんは60代だけど乳がんで、再発予防にもう4年も薬を飲んでいるといっていたから」

「そう、乳がんではホルモン剤を長く飲んだ方が再発は少ないけど、あなたのリンパ腫では再発予防の薬はいらないよ。しっかり治療してあるから、5年たってから再発する人はほとんどいない。だから5年過ぎたら、もうリンパ腫の定期的な検査はいらないと思う。でも、がんの検診は受けた方がいいよ。リンパ腫以外の別のがんにかかる可能性はあるんだから。あなたが乳がんにかからないとも限らないでしょう?」

「ありがとう。この間、市からがん検診の手紙が来てたから、受けてみる。先生、私は……繰り返すけど、腰も背中も痛いし、ね。だんだん目もピントが合わなくて、かすむしいいとこないね」

「100歳まで25年もありますよ」

「アハハ、25年ね! ひ孫も見られるかね? アハハ、じゃあまたね。ありがとうね」

 Yさんは上機嫌で帰られました。多くの患者さんのお話をじっくり聞ける機会がもっともっと増えるといいのですが。

佐々木常雄

佐々木常雄

東京都立駒込病院名誉院長。専門はがん化学療法・腫瘍内科学。1945年、山形県天童市生まれ。弘前大学医学部卒。青森県立中央病院から国立がんセンター(当時)を経て、75年から都立駒込病院化学療法科に勤務。08年から12年まで同院長。がん専門医として、2万人以上に抗がん剤治療を行い、2000人以上の最期をみとってきた。日本癌治療学会名誉会員、日本胃癌学会特別会員、癌と化学療法編集顧問などを務める。

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