がんと向き合い生きていく

転移がんが見つかってもどこからきたか分からない原発不明がん

佐々木常雄氏
佐々木常雄氏(C)日刊ゲンダイ

 Cさん(66歳・女性)は、某社の事務職員として長く勤務され、退職後の今はスーパーで週3日、経理の仕事をしています。健診は毎年受けていました。

 ある日、右腋窩に腫瘤を触れ、心配して来院されました。熱や痛みなどの症状はありません。診察してみると、たしかに親指の頭くらい(径約2.5センチ)の塊が硬く触れます。頚部、鼠径部など表在のリンパ節は触れません。右の乳がんからのリンパ節転移を疑いましたが、乳腺に腫瘤は触れません。乳腺超音波検査とマンモグラフィーでも特に異常はなく、また採血検査では、CEAなどの腫瘍マーカーに異常を認めませんでした。

 そこで、外科でリンパ節を切除し、病理検査を行いました。その結果、組織診断では「腺がん」とのことでした。ただ、乳がんでよく見られるホルモンレセプター(エストロゲン、プロゲステロン)は陰性、HER2(ハーツー)タンパク発現もなく、乳がんからの転移とは確定できませんでした。

 さらに、PET/CT、骨シンチグラフィーなど、肺、骨、甲状腺など他の場所の検査を行いましたが、がんの病変は認めません。消化管の内視鏡検査でも異常はありませんでした。

 病理専門医によれば、腺がんという診断について「乳がんでも、他のがんからのリンパ節転移でも、矛盾しない。他の病院の病理診断医とも相談し、検討したが、腺がんは間違いない。しかし、どこから出たがんなのか(原発巣)は分からない」とのことでした。

 Cさんと相談し、外来で抗がん剤治療を行うことになりました。月1回ペースで計4回の治療を行ったところでCT検査、さらに4回の治療後の検査でも、どこにも腫瘍は認めません。

 結局、8回の抗がん剤治療後は、無治療で経過を見ることになりました。その後、再発もなく、Cさんは元気で過ごされています。

 最近でも、Cさんは冗談のように話されます。

「先生、私の腋窩のリンパ節、あれは本当にがんだったのでしょうか? 結局、私のがんの病名はなんというのでしょうか?」

 私は、「がん、腺がんは間違いありません。病名は原発不明がん……『原発不明腺がん』です」と答えました。

 まれに、Cさんのようにリンパ腺にがんが見つかり、どこから転移してきたのか分からないことがあるのです。

■化学療法で著効する場合もある

 Kさん(58歳・女性)は2カ月前から腹部膨満感が続き、某病院の婦人科で「腹水がある」と指摘されました。針での腹腔穿刺による細胞診検査では「腺がん」との診断でした。

 CT検査では両側の卵巣に腫瘍は確認されず、また子宮など骨盤内臓器にも腫瘍は認めません。さらに、肝臓や胆嚢など消化器系の検査が内科で行われましたが、これも異常を認めませんでした。血液検査では、腹膜炎の時のマーカーがわずかに上昇していました。

 結局、Kさんのがんは原発巣は分かりませんでしたが、卵巣がんに準じた化学療法を行ったところ、腹水はなくなりました。腫瘍マーカーも正常化し、3年経過しても再発はありません。

 リンパ節、肝臓、骨、肺、腹膜など、転移した箇所の検査でがんと診断され、全身を調べても原発巣が同定できない場合を「原発不明がん」といいます。病理組織検査では、免疫組織化学染色などでも検討され、腺がん、未分化がん、扁平上皮がんなどと診断されます。その結果を基にして臨床的にさらに精査されます。

 また、腹水細胞診でがん細胞が見つかり、原発が分からない場合、がん性腹膜炎として化学療法を行い、著効した場合はその後に開腹して、卵巣など他にがんがないかを確認するセカンド・ルック手術を行うこともあります。

 原発不明がんは、すでに転移した先でがんが見つかることから、がんの病期としては進行しているわけです。ただ、個々の患者によってその病状や治療法は異なります。ですから、その後の経過も大きく違ってきます。

 成人固形がんの1~5%を占めるとされますが、日本では原発不明がんに関する全国規模の統計はなく、正確な罹患率は不明です。

佐々木常雄

佐々木常雄

東京都立駒込病院名誉院長。専門はがん化学療法・腫瘍内科学。1945年、山形県天童市生まれ。弘前大学医学部卒。青森県立中央病院から国立がんセンター(当時)を経て、75年から都立駒込病院化学療法科に勤務。08年から12年まで同院長。がん専門医として、2万人以上に抗がん剤治療を行い、2000人以上の最期をみとってきた。日本癌治療学会名誉会員、日本胃癌学会特別会員、癌と化学療法編集顧問などを務める。

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