上皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

カテーテルを行う外科医は確実に合併症なく改善できる治療を続けることが大切

天野篤氏
天野篤氏(C)日刊ゲンダイ

 前回、「PAD(末梢動脈疾患)」と呼ばれる疾患についてお話ししました。足の血管に生じた動脈硬化によって血管が細くなり、足に十分な血液が流れなくなることで発症し、悪化すると、足に潰瘍ができたり、壊死から切断に至るケースもある病気です。

 血流がかなり悪化している場合、血行を再建する外科治療が実施され、近年はカテーテル治療が主流になっています。太ももの付け根などからバルーンの付いたカテーテルを挿入し、狭くなっている部分で膨らませて血管を押し広げたり、網状になったステント(金属製の筒)を血管内に留置して血流を確保する方法です。傷口が小さく負担が少ない低侵襲な治療なので、希望する患者さんが増えているのです。

 一般的に、患部を大きく切開しないカテーテルを使った血管内治療は、内科で行われます。心臓や血管の領域であれば、循環器内科や血管内科です。そのカテーテル治療では改善が難しい場合、心臓外科や血管外科に移って手術が検討されるというのが大まかな流れといえます。そして近年は、カテーテルをはじめとした治療で使う器具(デバイス)の進歩によって、カテーテル治療が実施される領域がどんどん拡大している状況です。

 たとえば、大動脈弁狭窄症に対する「TAVI」(経カテーテル大動脈弁留置術)という血管内治療もそのひとつです。生体弁を装着したカテーテルを挿入して心臓まで運び、大動脈弁の位置に到達したところでバルーンを膨らませ、生体弁を広げて留置する治療法です。胸を大きく切開しなくて済むうえ、悪くなった弁を交換する外科手術(弁置換術)のように人工心肺装置を使って心臓を止める必要もありません。それだけ体への負担が少ないため、リスクが高くて外科手術ができなかった高齢者の治療も可能になりました。2013年10月に保険適用されてから急速に広まりました。

■エビデンスがより重要になる

 ほかにも僧帽弁閉鎖不全症に対するマイトラクリップなど、カテーテル治療はさらに拡大しています。その結果、外科医も患者さんも、リスクの高い外科手術は回避して症状改善が得られる道筋を見つけることができるようになってきました。従来の外科手術は減少傾向ですが、新しいハイブリッドな外科治療が標準化し、カテーテル治療を自分たちの武器としてハイリスク症例に立ち向かう次世代の外科医たちが第一線で貢献しているのです。

 先にお話ししたPADのカテーテル治療も血管外科が実施していますし、TAVIや大動脈瘤に対するステントグラフト内挿術といったカテーテルを使った血管内治療を複数組み合わせて低侵襲に行う外科治療も開拓されてきています。

 これまで、外科医はカテーテル治療では手に負えなくなった患者さんを任されたり、血管内治療でトラブルが起こったときに外科的な対処を行ういわば“後始末”を受け持つような不均衡がありました。しかし、外科医がカテーテル治療やハイブリッド手術を行うようになり、内科医と外科医で釣り合いが取れ、両者が補完し合うことで患者さんにとってより有益な治療が実施される時代になってきたといえるでしょう。

 ただ一部では、カテーテル治療やハイブリッド手術を行う外科医は、内科の患者さんを奪う“ハイエナ医師”だという声があるのも事実です。自分の獲物だと目を付けたら縄張りを荒らして食らいつく──などと揶揄する人もいるのです。

 しかし、外科に来る頃には病状が悪化しているという患者さんにとっては不利益な状況を少なくするには、外科医が早い段階で治療に介入する必要があります。ですから、外科医が大掛かりな外科手術の前に低侵襲なカテーテル治療やハイブリッド手術を実施することは、結果として患者さんのためになっているといえます。もう手遅れに近い状態になってから手術をするというケースが減るのです。

 また、そうした外科医が“ハイエナ”だと悪く言われないようにするためには、より安全確実に合併症なく病状を改善できる着地点に早くたどりつける治療を実施し続けることです。なるべく早い段階で治療に着手して、トラブルが起こらないようにしていく。そのためには、これまでのさまざまな大規模研究の結果、エビデンス(科学的根拠)に基づいた治療がより大事になってきます。日頃から新たなエビデンスをアップデートして、何よりも患者さんにとって少しでも有益な治療を追求することが大切です。

 外科医と内科医がこれまでの縄張り争いのような垣根を取り払って連携し、患者さんにとってよりよい治療が行われる環境がさらに整っていくことを期待しています。

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天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。

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