がんと向き合い生きていく

「霊水」ががんに効くとは思えないが…担当医に相談してほしい

佐々木常雄氏
佐々木常雄氏(C)日刊ゲンダイ

 もう50年も前になりますが、ハイキングで北海道の恵山に行ったことがあります。暑い中、長い道を歩いて行くと、岩間からきれいな清水が流れていました。飲めると聞いて、口にした時の冷たさ、おいしさに、思わず「生きた!」と叫んで、水筒の中の水を捨てて、清水をくんだことを思い出します。津軽の岩木山に登った時もそうでした。頂上近くなった道脇の真清水は、冷たく、おいしく、命が救われるような思いでした。

 この夏は青森のねぶた祭が開催されました。ねぶたの周りで踊る跳人は「ががしこ」というブリキで作った器を腰に着けています。水やお酒を飲む、コップの役目をします。長く跳ねて、渇いた喉、そしてこのががしこで飲んだ水がおいしかったことも忘れません。

「水」というと、思い出すのがKさん(50歳・女性)です。乳がん手術の後、骨転移に対する放射線治療のために通院されていました。

 ある日の外来で、Kさんが手にしていたペットボトルには「○○霊水」と書かれていました。

 Kさんは、「この霊水、がんに効くんです。何のがんにも効くんです。がんのお友達が医師から、あと3カ月の命と言われてから、この○○霊水を飲み始めて2年になりますが、元気なんです」と言ってニッコリされました。

 とても効くとは思えなかった私は首をかしげましたが、飲むのをやめるようにとまでは言いませんでした。

 また別のお話になりますが、かつて、ある先輩医師が「△△霊水」の説明書を持って私のところまで来られたことがあります。その水に含まれるわずかな鉱物などの成分が書かれていましたが、先輩は「万病に効く、がんに効く」と言うのです。

 先輩はニコニコした笑顔で、「あなたはこれをどう思いますか?」と言われるのです。私は困った顔をしていたと思います。

「まあ、置いていきますから、あとでよく読んでみてください」

 これほどの科学者である先輩が……この霊水を信じているのだろうか?むしろ、説明書をわざわざ持ってこられたことに驚きました。

■有害事象があり厚労省に報告したことも

 秘境の温泉水でも霊水でも、「万病に効く、がんに効く」とあったら、眉唾だと思います。誰しも違うと思っていながらも、なんとなく、それなりに反論しないでいるようにも思います。

 水以外でも、がんの民間療法といわれるものはいろいろあります。体の害にならないもの、治療に影響のないもの、高額ではないものなどでは、患者の心の安らぎになっているかもしれません。ですから「効くとは思えないよ」とは言っても、やめるようにとは言わないこともあります。

 それでも、体の害になる可能性がある、いまの治療法に影響する、そして悪徳商法の雰囲気を感じる時は、すぐやめるように話します。ある民間療法で、副作用と思われる有害事象を認めたので厚労省に報告したこともありました。いずれにしても、患者は担当医には内緒にしないで、「×××を飲んだらどうかと勧められています。どうでしょうか?」といった感じで相談してほしいと思います。

 テレビやネットばかりではなく、良しあしにかかわらず、さまざまな情報があふれる時代です。以前、自分の尿を飲む療法やがんを消す食事など常識では考えられない治療法を行っている方に出会ってビックリしたこともありました。人の心は科学では説明できないことが多くあります。医学は科学ですが、医療現場では科学では説明ができないことがたくさんあるのだと思います。

 特にがんの終末期においては、医師も「もう治療法がないのだから、好きなようにしたらどうですか?」ではなくて、一緒に生きることを考える。そうあってほしいと願います。

佐々木常雄

佐々木常雄

東京都立駒込病院名誉院長。専門はがん化学療法・腫瘍内科学。1945年、山形県天童市生まれ。弘前大学医学部卒。青森県立中央病院から国立がんセンター(当時)を経て、75年から都立駒込病院化学療法科に勤務。08年から12年まで同院長。がん専門医として、2万人以上に抗がん剤治療を行い、2000人以上の最期をみとってきた。日本癌治療学会名誉会員、日本胃癌学会特別会員、癌と化学療法編集顧問などを務める。

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