政府が早期対応を呼び掛けている「医療DX」ってなんだ?

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 いま多くの企業で「DX」の導入が進んでいる。DXとはデジタルトランスフォーメーション(デジタル変革)の略語で、政府は早期の対応を呼び掛けている。既存システムの老朽化やIT人材不足などにより、2025年までにシステム刷新を行わないと年間最大12兆円の損失が出続けると試算しているためだ。政府の意向には、一般企業だけでなく医療機関も含まれている。「医療DX」は患者にとってプラスになるのか。岡山大学病院・薬剤部・人工知能応用メディカルイノベーション創造部門教授の神崎浩孝氏に聞いた。

 経産省のDX推進ガイドラインでは、DXとは「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること」と定義されている。単なるデジタル化やIT化ではなく、それをベースにした企業経営における競争の戦略という位置づけだ。

 医療機関では、競争の優位性を確保するというよりは、データとデジタル技術の活用により診察や治療といった業務の生産性や正確性をアップさせ、よりよい医療を患者に提供することで地域で求められている役割を果たし続けるためのものといえる。では、患者にとってどんなメリットがあるのか。

「医療DXとして真っ先に挙げられるのは、電子カルテの普及推進でしょう。電子カルテは1999年から正式に医療機関への導入が始まり、すでにほとんどが導入済みと思われがちですが、じつはそれほど普及が進んでいません。2019年時点で、400床以上の大病院が76.9%、200~399床の中規模病院は48.5%、100~199床の病院は33.1%、無床の診療所は39.0%という報告があります。まだ紙のカルテを使っている施設は多いのです。医療DXにおける大きなメリットのひとつは患者さんの医療データをデジタル化し、全国の医療機関で連携して診察や治療に活用できるようになるところにあります」

 その患者はこれまでどのような病気にかかり、それぞれどんな治療を受けてどんな薬が処方され、その予後はどうだったのか。そうした医療情報が、医療機関や診療科をまたいで活用できるようになると、患者が複数の医療機関を受診していたり、転居などで医療機関を変更しても、滞りなく治療を引き継げたり、一定水準以上の医療を受けることができる。

 また、デジタル化によって多くのさまざまな医療データを集約して分析できるようになるため、より有効な治療や投薬の実施にもつながる。

■日本は電子カルテの活用が大きく遅れている

「ただ、DX推進による電子カルテのさらなる普及には、課題があるのも事実です。電子カルテはセンシティブな個人情報の塊なので、外部には出さず、それぞれの施設が内部だけで管理・運営するのが基本になっています。地域によってはいくつかの医療機関が連携して電子カルテを共有しているケースもありますが、全国的な規模ではありませんし、可能なのはカルテの閲覧のみという場合もあります。欧米など海外では、患者の医療情報を外部から取り出せる仕組みがはじめから構築されていますが、日本は大きく遅れているのが現状です。現在、個人情報の部分を隠してデータだけを外部から取り出せるようなシステムが開発中ですが、どこまで活用されるかは未知数といえます」

 また、医療機関ではいかに安定して運営できるかが重要視されているので、万が一のシステムダウンや管理・運用方法の変更などのリスクを考えて電子カルテの導入に二の足を踏んでいるところも少なくないという。政府による医療DX推進で、そうした意識をどこまで変えられるだろうか。

 患者のメリットになる医療DXは、ほかにいくつもある。

「いくつかの病院で導入されている『ベッドサイドタブレットシステム』もそのひとつです。入院の際、患者さんは病院からタブレット端末を貸与され、自分で電子カルテに登録された診療や検査のスケジュールや結果などを確認することができます。また、自身のバイタルデータや症状をはじめ、食事や飲水量などを入力して病院と情報を共有したり、売店へのデリバリー発注、好みの食事の選択も行えます。患者さんの利便性はもちろん、看護師の負担も軽減されるので、医療ミスの予防や治療の満足度向上につながります」

 AIを利用した画像診断による病気のスクリーニングや、薬の情報を共有するシステムなども、医療DXのひとつといえる。

 政府が目標にしている2025年までにどこまで進むだろうか。

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