上皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

糖尿病の人は「痛みのない心臓発作」に注意したい

天野篤氏
天野篤氏(C)日刊ゲンダイ

 心臓発作は、心筋に酸素や栄養を供給する冠動脈の血流が大幅に減ったり、途絶えてしまったときに起こります。主に狭心症や心筋梗塞といった冠動脈疾患で見られます。

 心臓発作の症状は「胸痛」が多く、締め付けられる、重苦しい、焼けつくといった痛みが生じます。また、背中、あご、腕、上腹部、喉に痛みが出る場合や、冷や汗、呼吸困難、吐き気、立ちくらみを起こすケースもあります。いずれにせよ、心臓発作が起こったら、迅速に治療を受ける必要があります。処置が遅れると、致死的不整脈の心室細動が誘発されることもあり、心臓のポンプ機能が停止して死に至るケースもあります。命に関わる緊急事態なのです。

 先ほどお話ししたように、心臓発作の多くで痛みが表れます。血流が断たれたところの心筋が急速に死んでしまうためで、この場合、激しい痛みを生じるのが一般的です。休んでも痛みや動悸が15分程度続く場合、すぐに救急車を呼んでください。到着するまでの間は、服による締め付けを緩め、上半身を起こして楽な姿勢をとるようにしましょう。

 さらに注意すべきなのが「痛みのない心臓発作」です。発作のサインとして激しい痛みが出ないため、処置が遅れて突然死を招くケースがあるのです。

■気づいたときには重症や突然死という場合も

 こうした痛みのない心臓発作は「無症候性心筋虚血」と呼ばれ、糖尿病の人に多く見られます。糖尿病の3大合併症のひとつに神経障害があります。血糖値が高い状態が続くと、細かい血管の血流が悪くなったり、体内に余っているブドウ糖の代謝産物が蓄積するなどして神経細胞が傷害され、痛みやしびれを感じづらくなります。そのため、心臓発作を起こしても気付きにくくなるのです。

 実際、糖尿病の人が冠動脈疾患で病院に救急搬送された場合、突然死か、その一歩手前の急性心不全を起こしているケースがよく見られます。運よく突然死を免れたとしても、緊急治療をしなければそのまま亡くなってしまいます。それくらい悪化するまではっきりとした自覚症状がないのです。

 ちなみに、米国心臓協会(AHA)によると、米国では1年間に80万5000件の心臓発作が起こっていて、そのうち17万件は無症候性心筋虚血と推計され、糖尿病患者に多く見られると報告されています。やはり、糖尿病の人は痛みがない心臓発作を起こすリスクが高いといえます。

 心臓疾患に限らず、急に“新しい病気”を発症した場合は、激しい症状が表れるものです。たとえば、心臓弁膜症の治療をしていて、急に胸が圧迫されたり痛みが出るなどの症状が起こったら、今度は新たに冠動脈疾患が生じたと考えて対応する必要があります。

 一方、糖尿病や高血圧などの慢性疾患のようにじわじわと進行する病気では、その病気の深刻さと症状の表れ方があまり相関しないケースが多いといえます。慢性疾患によって心臓のトラブルが徐々に進行している場合も同様で、狭心症や心筋梗塞などの冠動脈疾患が生じても、自覚できるような急激な発作が起こらないのです。

 また一般的な狭心症では、心臓が肥大していたり、心筋の量が多く、なおかつ基礎疾患として高血圧があるといったように、あからさまに体が悲鳴を上げるような状況が心臓になければ、発作による激しい痛みはあまり生じません。痛みを感じにくくなっている糖尿病の人はなおさらで、心臓の状態は通常で冠動脈だけが詰まっているくらいでは、痛みは出ないケースがほとんどといえます。

 だからこそ、糖尿病をはじめとして生活習慣病などの慢性疾患を抱えている人は、心臓発作の小さなサインも見逃さないよう意識すべきです。ちょっとした痛みや圧迫感などの症状が出て、すぐに症状が改善した場合でも、体の中では必ず重大な何かが起こっています。早い段階できちんと検査を受けて、何が起こっているかを判明させ、適切な処置をすることが命を守ります。

 糖尿病以外の疾患でも、心臓発作の痛みが隠されてしまって治療の遅れにつながるリスクが生じるケースがあります。次回、詳しくお話しします。

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天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。

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