上皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

逆流性食道炎がある人は胸の痛みの原因をしっかり鑑別する

天野篤氏
天野篤氏(C)日刊ゲンダイ

 前回、糖尿病の人は「痛みのない心臓発作」に注意すべきというお話をしました。心臓発作は、心筋に酸素や栄養を供給する冠動脈の血流が大幅に減ったり、途絶えてしまったときに起こるもので、迅速に処置をしなければ突然死するケースもあります。多くの場合で痛みが表れますが、血糖値が高いと神経障害が出て痛みを感じづらくなるため、心臓発作を起こしても気付かずに処置が遅れてしまう危険があるのです。

 糖尿病以外にも、心臓発作の痛みが“隠されて”しまう疾患があります。「PAD(末梢動脈疾患)」と呼ばれる足の病気がそのひとつです。足の血管に生じた動脈硬化によって血管が細くなり、足に十分な血液が流れなくなることで発症します。歩行時の痛みやしびれから始まり、進行すると安静時でも痛みが生じるようになります。

「痛み」という感覚は相対評価ですから、ほかに強い痛みの症状があると、弱いほうの痛みは隠されてしまいます。そのため、普段から慢性的な強い足の痛みを抱えていると、心臓発作の痛みを感じにくくなってしまうのです。

 しかも、足の血管に動脈硬化がある人は、全身の動脈硬化も進んでいる可能性が高く、なんらかの心臓疾患にかかるリスクが高いといえます。ですから、なおさら痛みを感じない心臓発作に注意が必要なのです。

 実際、足の血管が詰まっていることで日頃から足に痛みがある人が、なんとなく胸部に痛みのような違和感を感じて検査を受けたところ、狭心症が発覚したというケースもあります。足以外でも、慢性的な痛みが表れる疾患を抱えている人は、心臓発作の小さな“サイン”を見逃さないように意識しましょう。

■心臓疾患を疑って検査を受けてみると…

「逆流性食道炎」も、心臓発作による痛みなのかどうかをしっかり鑑別しなければならない疾患です。胃液や食べたものが胃から食道に逆流して起こる疾患で、内視鏡検査で食道に炎症が認められる場合、それに該当します。逆流性食道炎では、胸やけ、胸の痛み、胸のつかえ感などの症状が繰り返し出るので、心臓発作ではないかどうかをしっかり見極めることが重要なのです。

 実際、胸に痛みが出て心臓発作ではないかと疑って検査を受けてみたら、心臓に問題はなく逆流性食道炎だったというケースは少なくありません。もちろん、その逆もありえます。心臓発作だった場合は迅速に処置しなければ命を失うケースもありますし、逆流性食道炎の場合でも食道がんになりやすくなるので適切な治療が必要です。きちんと鑑別しなければならないのはそのためです。

 とりわけ近年になって、逆流性食道炎の患者数が右肩上がりに増えています。厚労省の調査によると、1970年代は人口の3%ほどでしたが、2010年には20%を超え、現在は30%前後とみられています。老若男女問わず、日本人の3分の1が逆流性食道炎を抱えているということで、新たな国民病だという声もあるほどです。

 われわれの胃と食道の境目には下部食道括約筋という筋肉があって、胃酸や胃の内容物が逆流しないような構造になっています。しかし、近年はこの筋肉が緩んでしまっている人が多いため、逆流性食道炎が増えているといわれています。

 高齢化が進んで筋肉が緩んでいる人が増えたこともありますが、食生活の欧米化によって、高脂肪食、過食、刺激の強い料理、アルコールを摂取する機会が増え、胃酸が活発に分泌される環境が当たり前になったのも理由とされています。肥満によって胃に圧力がかかり胃酸が逆流するケースの増加も指摘されています。

 胃酸の酸性度は非常に高く、食道の粘膜は耐えられませんから、逆流があると炎症を起こします。さらに、胃の粘膜が食道側に延びる「バレット食道」と呼ばれる状態になると、食道がんにかかりやすくなってしまいます。バレット食道の人はそうでない人と比べて125倍も食道がんリスクが高いという報告があるほどです。日本でも、通常は70代以降に多い病気とされるのに、50代後半からの若年性の食道がんが増えています。

 逆流性食道炎だった場合、胃酸分泌抑制薬のPPI(プロトンポンプ阻害薬)を中心に用いる薬物治療と、脂肪分の多い食事や暴飲暴食を改める生活習慣の改善を行うことで治りやすい病気になってきています。

 心臓疾患でも逆流性食道炎でも、早い段階で適切な治療を受けるためにも、胸の痛みに注意を払いましょう。

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天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。

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