認知症治療の第一人者が教える 元気な脳で天寿を全う

孫と中国を旅したいと一念発起 70代初めから中国語を勉強し始めた

写真はイメージ
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 長くエースとして活躍したある元プロ野球選手は60代以降も毎日、腕立て伏せ500回、腹筋と背筋を1000回などのトレーニングを続けてきたそうです。それもあってか、引退後、30年が過ぎて70歳になってからも、始球式では現役時代を思わせるような速球を投げ込んでいました。

 筋肉は何もしなければ衰えていく。鍛え続ければ、何歳になっても、それに応じた結果が出る。

 脳についても同じです。体の筋肉が鍛えるごとに強く太くなるのと同様に、脳の神経も、代償機構とネットワークを働かせれば、機能を維持できます。神経細胞の老化を防ぐには、これが非常に大切。ただ、筋肉のように、腹筋だけ、背筋だけ、といった部分ごとに絞ったトレーニングはできないので、脳全体の機能を高める工夫が必要です。

 そのためのキーワードは「意欲」。何事にも貪欲に取り組もうという意欲こそ、脳の機能を維持する最大の秘訣です。

 大阪府在住の男性Aさんは、現在83歳。70代初めから中国語を勉強し始めました。

 きっかけは、中国の後漢末期から三国時代にかけて群雄割拠していた時代の興亡史、「三国志」。Aさんは吉川英治さんが書いた小説「三国志」が好きで、お孫さんがそれに興味を示したそうです。

 当時、お孫さんは中学生になったばかり。さすがに小説は難しいかもしれないと、横山光輝さんの漫画「三国志」の存在を教えたところ、お孫さんは図書館で借りて読み始め、すっかり夢中になってしまいました。

 三国志は横山さん以外の漫画もあり、それらもネットで買うなどして読破。お孫さんは三国志をきっかけに中国の歴史や文化に興味を持つようになり、Aさんとの会話にも、中国にまつわることが増えました。

■意欲を持って楽しんで取り組むことが脳に好影響

「いつかおじいちゃんと中国に旅行したいなぁ」

 そんなお孫さんの言葉に一念発起し、Aさんは中国語の勉強を開始。とっくの昔に現役を退いていましたから、時間はたくさんある。NHKのラジオ講座やテレビ講座を録音・録画し、繰り返し見聞きして、勉強しました。

 その甲斐あって、数年後にはカタコトの中国語が話せるようになった。お孫さんは高校卒業後、中国・北京の大学に留学。そのお孫さんを訪ねて、Aさんは何度も一人で北京に出かけました。お孫さんとは別に、単身、中国国内を旅することもあったそうです。

 さらに話は広がります。せっかく学んだ中国語、普段から使わないとサビついてしまうと、中国人や中国に関心がある人が集まるサークルに入り、積極的に中国語を話すように心掛けました。そうすることで、中国語レベルがますます「生きたもの」になっていきました。

 サークルで知り合った年の離れた友人と中国語のカラオケに行ったり、現地そのままの中国料理を食べられる店に出かけたり。コロナで交流が制限された時期は、オンラインで会話や飲み会を楽しんでいたとのことです。

 誰しもが「80代にはとても見えない!」と驚嘆するAさんですが、現役時代は仕事一筋で、退職後もさほどアクティブな生活を送っていたわけではありませんでした。ちょっとしたきっかけで、Aさんの「その後」が大きく変わったわけです。

 Aさんみたいにはとてもなれないよ……。そんなふうに思う方もいるでしょう。でも、そういう方も、何か好きなこと、興味があること、やってみたいな、と思うことは、ひとつくらい見つかるのではありませんか?

 そういったことを、これまで以上に究めようとしたり、新しく始めたりするのでもいいのです。例えば、「テレビで見た観光地に行ってみたい。歩き回れるようにウオーキングを始めようかな」といったものでも、もちろんOK。

 意欲を持って、そして楽しんで取り組む。これは脳全体の機能を高め、認知症予防に大いに貢献しますよ。

新井平伊

新井平伊

1984年、順天堂大学大学院医学研究科修了。東京都精神医学総合研究所精神薬理部門主任研究員、順天堂大学医学部講師、順天堂大学大学院医学研究科精神・行動科学教授を経て、2019年からアルツクリニック東京院長。順天堂大学医学部名誉教授。アルツハイマー病の基礎と研究を中心とした老年精神医学が専門。日本老年精神医学会前理事長。1999年、当時日本で唯一の「若年性アルツハイマー病専門外来」を開設。2019年、世界に先駆けてアミロイドPET検査を含む「健脳ドック」を導入した。著書に「脳寿命を延ばす 認知症にならない18の方法」(文春新書)など。

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