糖尿病患者が口にする「全然食べてない」には2つの意味 絶対量を食べていないのではない

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 在宅診療では糖尿病、心不全、腎不全など慢性的な病気の定期的な病状管理をすることも少なくない。そこでは、健康の基本となる「食事」についてどのような管理がなされているのか? 年間200人を自宅で看取る、在宅診療の名医「しろひげ在宅診療所」の山中光茂院長に話を聞いた。

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「慢性的な病気は、日常の症状に合わせた投薬管理が不可欠ですが、『栄養管理』が重要です。短期的な病状や長期的な予後が大きく変わってしまうからです」

 投薬し続けても病状が改善しないケースでは、薬の飲み忘れもあるが、食事量や水分量のコントロールができていないケースが非常に多いという。

「私たちのクリニックには3人の栄養士がいて、約1割の患者に対して月に2回、食事や水分の状態確認と、できる限り栄養状態を医師や訪問看護、ヘルパーと情報共有をしています」

 在宅医療で大事なのは、「しっかり食べれば元気になる」が幻想であり、患者の言葉に惑わされてはいけないことだという。たとえば糖尿病の患者は、「全然食べてないんだけどなあ」という言葉を口にする。それは絶対量を食べていないのではなく、2つの意味があるという。

「『以前ほど食べていない』と『糖尿病になりそうなものは食べていない』という意味です。この違いを理解していないと、不必要に薬を減らしたり食事の量を増やしたりして症状を悪化させる場合があるのです」

 たとえば「全然食べていない」が「以前ほど食べていない」という意味の患者の場合、じつは年齢の割にはたくさん食べていることが多いという。

「それもタンパク質が多く含まれる、肉や魚、大豆などの『おかず』を定期的に取っている人は少ない。簡単に手に入るパンやごはん、果物が食事の中心となっている独居や老老介護の高齢者が多い。金銭的にも労力的にも『おかず』を手に入れられないからです」

 そんな患者の「全然食べていない」をうのみにして食事量を増やせば、さらに多くの糖質を摂取することになり、そこで減薬すれば二重の意味で糖尿病は悪化する。

■在宅診療の現場は医学的な正論が通じない

 また、糖尿病が進行すると慢性腎不全になる人がいる。そうした患者に「タンパク質の取り過ぎは腎臓に負荷をかけるので減量しましょう」という正論をぶつけるのは在宅医療の現場を知らないからだと山中医師は言う。

「先述した通り、独居や老老介護の高齢な糖尿病患者さんはタンパク質を取りたくても取れない状況にある。それなのに減量を呼びかけることに意味があるのでしょうか」

「全然食べていない」が「糖尿病になりそうなものを食べていない」という患者の場合は、もともと炭水化物や果物、栄養ドリンクなどを過量摂取しているケースが多い。彼らは糖尿病は甘いものを食べるからと勘違いしているという。

「甘いものはお菓子やジュースなど砂糖が入ったものと誤解しています。話を聞くと、パンやごはん、パスタを3食しっかりと食べ、バナナやミカンをおやつに食べて、健康のためと栄養ドリンクを飲んでいる。主食や果物が糖質であることを理解していません。これらの食習慣を改めない限り、体重や中性脂肪が増えて、血糖値を悪化させます」

 糖質はタンパク質と結びつく性質があり、「糖化タンパク」(AGEs=糖化最終生成物)となる。それが体にたまることで各臓器をサビさせ「老化」につながる。当然そうした認識もない。

「糖化が皮膚で起こればシミや脱毛、目に起これば白内障になります。果物に多い果糖は、ブドウ糖の300倍糖化を起こしやすいといわれており、もともと血糖値の高い糖尿病患者は特に糖化を起こしやすいため、果糖の過量摂取は全身の老化や合併症につながるリスクが高い。栄養ドリンクやスポーツドリンクにもトウモロコシから作られる人工的な果糖である『ブドウ糖果糖液糖』が多く含まれており、十分注意する必要があります」

 そもそも、「しっかり食べれば元気になる」は幻想だ。たとえば運動機能障害などで十分な食事が取れずに低栄養に陥っている時などには、保険適用となっている数種類の栄養剤を使うこともあるが、必ずしも必要とは言えないという。

「どれもかなり甘ったるく続けるのが難しい。薬局などで販売されている総合栄養飲料もありますが、本人が口にしたがらない場合は体が求めていないケースがほとんど。無理強いは誤嚥性肺炎につながり、結局、体に吸収されずに心臓や肺に大きな負担をかけることにもなります」

 栄養摂取はそれぞれの病気やその状態によって、柔軟に対応すべき問題。一律的な「べき論」に振り回されることなく、主治医や栄養士に自分自身の食生活についてもしっかりと報告して助言を仰ぐことが重要である。

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