最近いらっしゃった患者さんは、奥さまと2人暮らしの85歳の男性。骨髄異形成症候群を患っていらっしゃいます。この病気は、血液細胞のもとになる造血幹細胞に異常が起き、正常な血液細胞がつくられなくなるというもの。
貧血と血小板減少が主な症状で、最近まで通院し輸血を行っていたのですが、通院がだんだん難しくなってきたとのこと。通っていた病院からの紹介で、輸血が可能である私たち診療所で在宅医療を開始する運びとなったのでした。
なおご本人には知らされてはいませんが、主治医から余命は3カ月程度とご家族に告知されていました。
この患者さんの場合、私たちの在宅医療を導入する前、通院の段階で、すでに介護ヘルパーや訪問歯科医、訪問看護に訪問薬局など、いわゆる多職種連携の中で、介護ベッドをはじめさまざまな福祉用具をそろえており、環境整備は十分に整えられていました。
それだけに自宅での療養に自分なりのこだわりを持っていて、輸血のために在宅医療を使うことも理解されていました。
ですが自宅での療養中、ご本人は口からの食事にたびたびむせて誤嚥性肺炎を起こしたり、またご自宅が建物の構造的な関係で、室温調整が難しく、猛暑日が続いた夏の日などには、脱水状態になりがちとなり、週末には発熱することも多く訪問看護の緊急訪問も少なくなかったといいます。
それでも入院ではなく自宅での療養にこだわったのでした。在宅医療を開始した初日。患者さんの自宅にこだわる素朴な思いを知ることになるのです。
「よろしくお願いします」(私)
「お願いします」(患者)
「最後の輸血は水曜日?」(私)
「抗生剤の点滴もそうです」(患者)
「ひとまず今日採血して抗生剤は内服で開始しましょう。月曜日もう一度採血結果を持って伺いますので、抗生剤を点滴にするのか検討しましょう」(私)
時に食事も咀嚼がままならないこともあり、栄養補助食品などで補填しながら、輸血で命脈をつなぐ日々が続きました。それでもご本人の食べることへの意欲は衰えることはなく、在宅医療を開始した一番大きな理由も実は白いご飯を食べたいからというものでした。
「体重は?」(私)
「60キロくらいかな」(患者)
「量ってみましょう……47.5キロですね。だいぶ減っているみたいですよ。ご飯は食べていますか?」(私)
「小皿にちょっとくらいですけど」(患者)
ご飯を炊いてくれる奥さまへ優しいまなざしを向けながら、自宅で大好きな炊きたてのご飯を食べる幸せを噛みしめるように、笑顔をこぼされていたのが印象的でした。
あえて入院をせず、ご自宅での在宅医療を選ばれる患者さんの中には、さまざまな思いやこだわりをお持ちの方が少なくありません。たとえそれが些細なことであっても、ご本人にとっては大切だということを、私たちは理解しています。