がんと向き合い生きていく

食べられる幸せに感謝しなければ…食道がんの知人と話して思ったこと

佐々木常雄氏
佐々木常雄氏(C)日刊ゲンダイ

 食道がんで入院されたDさん(63歳・男性)を見舞いに行きたいと思ったのですが、コロナ流行の影響で面会は出来ないと聞き、スマホとパソコンを利用したWEB面会をしました。

 Dさんは放射線治療と抗がん剤治療を受けており、1カ月間ほとんど食事が取れず、高カロリーの輸液を点滴する中心静脈栄養を行っていました。

 WEBの画面上で、Dさんは「いままで一番おいしかったと思うのは、すりおろしのわさびを付けたマグロの刺し身だった。これに日本酒があれば最高。あなたは何が一番おいしかったか、教えてよ」と、笑いながら話されました。私は「うーん、マグロもいいね。次回、何がおいしかったか教えるよ」と答えました。

 私はその晩、床に入ってからこれまで食べた物を思い出してみました。

 小さい頃は海から遠い所に住んでいて、今のように流通が良くなかったように思います。祖母は干したエイを砂糖と醤油で煮てくれました。また、キリイカを買ってきて佃煮にしてよく食べました。イカの塩辛というのもありましたが、私はこれは嫌いでした。

 秋になるとイナゴを捕まえて、佃煮にして食べました。カリカリしていて、けっこうおいしかった思い出があります。最近は田んぼにイナゴがいなくなったので、食べられなくなりました。

 小学校に入学した春、母が結核の病院から退院して、一緒に暮らせるようになりました。この時、私はすきやきを初めて食べました。肉と糸こんにゃくがおいしかったのですが、「いとん、いとん」と言って、大人を笑わせたことを思い出します。この時、バナナも初めて食べました。「世の中にはこんなにおいしいものがあるんだ」と思ったものでした。

 高校受験の時は「合格したら寿司を食べたい」と父に言った記憶があります。ただ、その時の寿司の味は覚えていません。

 大学生の頃、日本海ではハタハタがよく取れた時期がありました。下宿では、焼いたハタハタが連日続いたことがあって、一時、少し嫌いになりました。ところが、今はハタハタは魚屋さんではなかなか手に入りません。たまに妻が「ハタハタがあった」と言って買ってきて、味噌で焼いてくれます。とてもおいしいです。

■がん予防にはバランスの良い食事が大切

 父はニシンの数の子が大好きでした。祖母は、「数の子が入っているのが、父ちゃんのだぞ」と言っていたと思います。父は私に少し分けてくれました。最近は「津軽漬」といって、コンブやイカに数の子が入ったものがあります。大きな数の子を見ると、父を思い出します。

 私は、小さい頃からうどんは好きでしたが、蕎麦は嫌いでした。ところが20年ほど前、講演で長野を訪ねた際に善光寺の門前の蕎麦屋さんで食べた十割蕎麦! この時、初めて蕎麦のおいしさを知りました。今では、数人で「蕎麦を食う会」もつくっています。

 ちなみに私が嫌いなのは、発酵食のくさや、ふなずしです。しかし妻は、大津のふなずしが大好きなようです。

 このところの約10年間で、おいしかったものとして思い出すのは、富山県の高岡市で食べた白エビのかき揚げです。そして、今年初めて自宅の狭い庭で採れたカボチャです。自宅で採れたということもあると思いますが、とってもおいしくいただきました。

 食道がんになって、食事が取れていないDさんを思うと、食べられる幸せに感謝しなければいけないと思いました。

 がん予防には「バランスの良い食事」が大切で、がん発生のリスクを減らせるとあります。がんのリスク因子に、野菜・果物不足、塩分・塩蔵食品の過剰摂取などの食事の生活習慣も挙げられています。

 Dさんが退院して、食事が取れるようになったら、日本酒とマグロの刺し身でお祝いをしたいと思いました。

佐々木常雄

佐々木常雄

東京都立駒込病院名誉院長。専門はがん化学療法・腫瘍内科学。1945年、山形県天童市生まれ。弘前大学医学部卒。青森県立中央病院から国立がんセンター(当時)を経て、75年から都立駒込病院化学療法科に勤務。08年から12年まで同院長。がん専門医として、2万人以上に抗がん剤治療を行い、2000人以上の最期をみとってきた。日本癌治療学会名誉会員、日本胃癌学会特別会員、癌と化学療法編集顧問などを務める。

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