老親・家族 在宅での看取り方

患者本人は在宅医療を拒否…家族の意向だけで始めたケースも

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写真はイメージ(C)日刊ゲンダイ

 患者さんの自宅に上がり込み、患者さんとご家族の生活の中に入りこまなければ成り立たない在宅医療は、患者さん側と医療側の双方が十分に納得し合うことが大切です。

 ですが患者さんの中には、本人にその気がないケースもあります。まれではあるものの、患者さん自身は在宅医療を拒否しており、ご家族の意向だけで始めたというケースもあります。

 その場合、私たちは一方的に在宅医療を推し進めるのではなく、通院や入院が結果として患者さんのためにならないか、ご家族の心身の負担はどうかなど、さまざまな事情を考慮し、在宅医療を引き受けるか否かを包括的に判断するようにしています。

 最近、そんな患者さんご本人よりもご家族の意向で在宅を開始したケースがありました。

 その患者さんは85歳になる軽度の認知症の他、精神的にも何らかの支障を抱えていらっしゃる一人暮らしをする女性の方。

 そんな母親を心配して三女である娘さんから在宅医療を導入する申し出があったのでした。

「はじめまして」

 こう私たちが訪問すると、患者さんは「娘が勝手にしたんでしょ。お帰りください。私は何も聞いていませんよ」とぴしゃり。

 さらには、「あなた方が家に入ってくることを、許可していませんけど」「(在宅医療を受けるのは)無理! 永久に!」と立て続けにおっしゃいました。「娘が勝手にしたんでしょ」の一点張りで、「私のこと悪者にして。110番しますよ」と。私が「めっそうもないです。悪者になんてしていませんよ。勝手かどうかはわからないですが、娘さんもあなたのことを思ってしてくれているんですよ」と話しても、聞く耳を持ってくれません。ひとまず初日はそのまま退散し、以降、拒否されても、繰り返し訪問し、現在に至っています。

 かつて航空会社でキャビンクルーをされていたというお母さま。結婚後の旦那さんによるDVが原因で離婚を経験され、3人の娘たちを引き取り、北関東で長らく住んでいたとのこと。

 やがて娘たちがそれぞれ独立。長らく一人暮らしをしていたのですが、数年前の台風で家が損壊。東京で三女の家族と同居生活を始めたものの、折り合いがうまくいかず、また一人暮らしに。私たちが訪問するようになった頃には、都内の北部の団地に住んでいました。

 しかし、もとから患っていた糖尿病、いくつもの体の不調に加え、認知症が進行し、ADL(日常生活動作)が進行。娘さんたちは、「一緒に住もうよ」と伝えているのですが、頑としてうなずかない。

 まだ完全に私たちを受け入れてくれるところまではいっていないのですが、訪問の繰り返しで、少しずつ心を開いてくれている手応えを感じています。現状では通院や入院より、在宅医療が向いていると判断し、まずは公的な立場で動ける味方、すなわち包括的な地域の連携を増やしていくことがなによりと考え、保健所への相談や、場合によっては病院などの他の医療の介入も想定したり、CM(ケアマネジャー)さんにも協力を仰いでいます。

 果たして在宅医療に何ができるのか。患者さんにとって何が正解なのか。その答えのない正解を暗中模索しながら、今日も患者さんのもとへ通うのです。

下山祐人

下山祐人

2004年、東京医大医学部卒業。17年に在宅医療をメインとするクリニック「あけぼの診療所」開業。新宿を拠点に16キロ圏内を中心に訪問診療を行う。

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