認知症治療の第一人者が教える 元気な脳で天寿を全う

若年性アルツハイマー病は「すぐに何もかもできなくなる病気」ではない

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写真はイメージ(C)日刊ゲンダイ

 認知症の中で最も多いアルツハイマー病は、若くても発症する場合があります。64歳以下で発症したアルツハイマー病を「若年性アルツハイマー病」と言います。

 私が順天堂大学医学部付属順天堂医院で本邦初の若年性アルツハイマー病の専門外来を開いたのは、1999年。「若年性アルツハイマー病の専門外来」と言うと、65歳以上で発症するアルツハイマー病と、若年性では原因や治療が異なるのか、と思われるかもしれません。

 老年性のアルツハイマー病も、若年性も、アミロイドβタンパクが脳に蓄積して発症するという病態は同じです。症状も、薬も共通しています。

 ただ、老年性のアルツハイマー病と比べると、若年性は進行が速い。特に、初期から中等症にかけては、老年性よりも速く進行します。しかし、体は若く元気なので、病気自体が長く続きます。

 また老年性のアルツハイマー病では当事者がすでに現役を引退していたり、一家の大黒柱が子供世代に交代していたりするケースが大半です。

 一方で、若年性アルツハイマー病では現役時代。仕事をしていたり、子育て中だったり、住宅ローンや教育ローンなどを抱えていたり。経済的な問題、心理的な問題が単純に比較はできないにしても、老年性のケースより深刻な傾向があります。 

 さらに、ご家族も受け入れ難い。そもそも老親の認知症であっても、「あんなにしっかりしていた父・母が……」となりますよね。これが若年性アルツハイマー病では、子供たちも、そして若年性アルツハイマー病当事者の親御さんも、想像すらしていなかったことで、衝撃が大きい。しかも、近くに同じような悩みを抱える人がほとんどいないのです。何もかも自分たちで抱え込んでしまいがちになってしまいます。

 若年性アルツハイマー病の専門外来では、薬物治療は老年性と同様でも、非薬物療法は「若年性」であることに重きを置いたものを行います。また、必要に応じてご家族へのアプローチも行います。認知症の治療に長年関わる中で、若年性アルツハイマー病では非薬物療法の面で取り組まなければならない問題があると痛感したのが、専門外来開院へとつながりました。

■仕事を継続する人も

 ところで若年性アルツハイマー病には、世間的にいくつか誤解があると感じています。インターネットで検索すると、「早ければ18歳から発症」とあります。これは若年性認知症を18歳以上65歳未満の発症とする定義に関係し、また交通事故や脳梗塞などで発症する別の若年性認知症であり、アルツハイマー病の場合は、通常は早くても45歳くらい。平均して51~52歳くらいといったところでしょうか。

 また、「進行が速い」と前述しましたが、それは「老年性のアルツハイマー病と比べると」ということで、発症してもすぐに何もかもできなくなるわけではありません。軽症が5年ほど、中等症で5~8年、さらに症状が進んだ段階までも5~8年ほど。

 仕事も、ある段階まで続けられますし、実際そうしている人が珍しくありません。

 若年性アルツハイマー病を50代で発症したある男性は、製薬会社に勤める営業担当だったこともあり、自身の異変にいち早く気づきました。若年性アルツハイマー病を診察している医療機関を自ら探し、受診。発症当時、お子さんは小学生ということもあり、仕事を続けることを希望し、会社に相談。若年性認知症支援コーディネーター(全国に配置されています)の介入もあり、お子さんが成人を迎える日まで、部署の異動を繰り返しつつも、仕事を継続されました。

 若年性アルツハイマー病を取り上げた映画やドラマが何本もあります。病気の認知度を高めるためには歓迎すべきことですが、せっかくなら「発症したら短い期間でいろいろなことができなくなる」という間違ったイメージを植え付けるのではなく、若年性アルツハイマー病の真の姿を伝えてほしいと思っています。

新井平伊

新井平伊

1984年、順天堂大学大学院医学研究科修了。東京都精神医学総合研究所精神薬理部門主任研究員、順天堂大学医学部講師、順天堂大学大学院医学研究科精神・行動科学教授を経て、2019年からアルツクリニック東京院長。順天堂大学医学部名誉教授。アルツハイマー病の基礎と研究を中心とした老年精神医学が専門。日本老年精神医学会前理事長。1999年、当時日本で唯一の「若年性アルツハイマー病専門外来」を開設。2019年、世界に先駆けてアミロイドPET検査を含む「健脳ドック」を導入した。著書に「脳寿命を延ばす 認知症にならない18の方法」(文春新書)など。

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