入院する病院から自宅へ移られ、在宅医療を開始される患者さんの中には、がんの末期といわれる状態の方も少なからずいます。
このがんの末期について、厚労省は「治癒を目指した治療に反応せず、進行性かつ治癒困難または治癒不能と考えられる状態」と定義しています。
このがんの末期となった場合、がん細胞に組織が損傷されることで痛みが生じることが珍しくありません。
がんの痛みといっても、患者さんの日常生活へ及ぼす影響の程度はさまざまです。薬剤による緩和などを必要としない程度から、物事への集中力に支障を来したり持続的にさいなまれ、他のことを考える余裕もないといった程度まで。
在宅医療を進める上でも、患者さんの痛みのレベルを見極め、それに応じた鎮痛剤を適切に使用することで、痛みをコントロールし患者さんのQOL(生活の質)を維持向上するように努めています。
病院からの紹介で私たち診療所の在宅医療を開始されるも、4日後に旅立たれた患者さんがいました。
その方は大腸の一部である横行結腸のがんを患う、奥さまと2人暮らしの70歳の男性。
「よろしくお願いします」(私)
「お願いします。お薬はこれですけど、もう病院の先生と薬剤師さんが飲ませないって」(妻)
「しんどい時は飲んでもらっていいと思います。痛みのコントロールは?」(私)
「初めてです」(妻)
「麻薬に近いお薬なんですけど、早めに痛みの薬を出して対応してもいいかなと思うんです。貼る薬を出して、それをベースにして、どうしてもつらい時は飲む薬を出すのがいいかと思います。ただ今日は(病院の)退院日でお薬が出せないので、明日また診察して出しておきます。あと心配なことはありますか?」(私)
「どういう状態なのかはわからなくて。慣れている方ならいいかもしれないんですけど」(妻)
「慣れている方なんかはいらっしゃらないですよ」(私)
看取りに慣れていないのはどなたでもそうです。その不安を皮をはぐように一枚ずつ、ゆっくり一緒に取り除いていくことも在宅医療では大切な仕事。奥さまとお話ししてそのことを改めて考えさせられました。
そして奥さまにお伝えしました。
人生に1度しかないお別れの期間です。言いたいことを全部言えたな、できたなって後から振り返って言えるように過ごしていただければ100点ですから──。
それに対して「特別なことはせずに、普通の日常を過ごそうと思っています」とおっしゃる奥さま。なにげない日常が、患者さんとご家族にとって一番人生で特別な時間であり、それをサポートするのもまた在宅医療の役割だということも、改めて気づきました。