第一人者が教える 認知症のすべて

認知症でも脳に器質的変化があるとうつ症状が出やすくなる

認知症になるとうつ症状が出やすくなる
認知症になるとうつ症状が出やすくなる

「うちのおばあちゃん、以前は社交的で趣味も多かったのに、認知症になってからはうつっぽくなって、いろんなことに興味を示さなくなりました」

 こんな内容の相談を受けることがあります。

 脳に器質的変化があるとうつ症状が出やすくなり、それは認知症も例外ではありません。アルツハイマー型認知症の40~50%に抑うつ気分が見られ、レビー小体型認知症でもアルツハイマーと同等かそれ以上の割合でうつ症状が見られるとの報告もあります。

 興味の喪失や意欲の低下が認知症と直接は関係なく、脱水や感染症など身体疾患でうつ症状が出ている場合や、環境変化や対人関係の負荷が関係している場合などもあります。

 高齢者ではうつ病によって一時的に認知機能が低下していることもあり、認知症に伴ううつ症状なのか、老年期うつ病患者の認知機能低下なのか、鑑別が難しい場合もあります。

 いずれにしろ高齢者の場合、うつ症状の評価は特に慎重に行わなければなりません。さらに念頭に置いておきたいのは、「アパシー(apathy)」の可能性です。

 これはもともと社会学で用いられていた概念で、世の中で起こる事象への無関心さを表すもの。近年は周囲の事象に限らず、自分自身の身の回りのことに無関心になる言葉として、心理学でも用いられています。

【アパシーとうつ病の違い】
【アパシーとうつ病の違い】/(C)日刊ゲンダイ
周囲に無関心になる「アパシー」の可能性も

 認知症の主な症状には、脳の神経細胞の障害で起こる認知機能障害「中核症状」と、中核症状と環境要因・身体要因・心理要因などが相互作用して生じる「BPSD(認知症の行動・心理症状)」があります。

 アパシーは、自発性、発動性、興味、関心、動機付け、感情などが低下した状態のことで、BPSDの中でよくみられる症状です。BPSDには徘徊、興奮、妄想、幻覚、暴言暴力、収集癖、多動などもあり、これらと比較してアパシーは日常生活で大きな問題が生じないため、周囲から気づかれないことも珍しくありません。

 しかし、外出しなくなることから運動量が減少し、筋肉量が低下。歩行が困難となって、より外出しなくなる悪循環に陥る可能性があります。食べることに関心を示さなくなれば、フレイル、サルコペニアが進む可能性もあります。早めに発見し、早めに対策を講じることは、非常に重要です。

 認知症の人へのアパシーに対する非薬物療法の効果を検証するため、56の研究に対して行われたシステマチックレビューが報告されています。システマチックレビューとは、質の高い複数の臨床研究を、複数の研究者らが、一定の基準と一定の方法に基づいて取りまとめた総説のこと。

 それによると、個々人に合わせて構築された活動がアパシーの軽減に期待できるとのこと。介護保険によるデイサービスなどのプログラムに参加するのも一つの方法ですし、私がかかわっているオンライン健脳カフェを活用してもらうのもいいと思います。パソコンさえつなげば家の中で参加できますから。認知症患者さんのことをよく理解している方が、多彩なプログラムから、患者さんに合ったものを選べばいい。

 薬物療法に関しては、コリンエステラーゼ阻害薬のアパシーに関する効果が確認されています。漢方薬の抑肝散と、コリンエステラーゼ阻害薬のひとつ「ドネペジル」との併用でアパシーが改善したとの報告もあります。なお、アパシーの症状はうつ病と似ているところもありますが、うつ病とは異なり、抗うつ薬による治療効果は期待できないとされています。

新井平伊

新井平伊

1984年、順天堂大学大学院医学研究科修了。東京都精神医学総合研究所精神薬理部門主任研究員、順天堂大学医学部講師、順天堂大学大学院医学研究科精神・行動科学教授を経て、2019年からアルツクリニック東京院長。順天堂大学医学部名誉教授。アルツハイマー病の基礎と研究を中心とした老年精神医学が専門。日本老年精神医学会前理事長。1999年、当時日本で唯一の「若年性アルツハイマー病専門外来」を開設。2019年、世界に先駆けてアミロイドPET検査を含む「健脳ドック」を導入した。著書に「脳寿命を延ばす 認知症にならない18の方法」(文春新書)など。

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