老親・家族 在宅での看取り方

なるべく楽に最期を迎えられるようお手伝いをしてもらいたい…末期がんの夫と暮らす妻の思い

最愛の方と過ごす大切な時間を最期までサポート
最愛の方と過ごす大切な時間を最期までサポート

「透析やめてからが大変になってくるのかなと自分では思うのですが、大丈夫でしょうか」(妻)

「大丈夫だと思います。ご不安なこととかはありますか?」(私)

 昨年11月初旬のことです。自宅に伺った私たちにこう話しかけてきたのは、横行結腸がんを患う70歳の旦那さんと一緒に暮らす奥さま。これまで高血圧のために腎機能の低下もあり、人工透析のために通院もされていた旦那さんでしたが、余命が少ないことも受け入れ、透析をやめ、覚悟を決めての自宅療養となったのでした。

「不安なことばかりで。ただこうして周りに医療スタッフもいてくださいますし……。なるべく楽に最期を迎えられるようにお手伝いをしてもらおうと思っていますので、そういうオーダーしかないです。無理やりなにかしようとかはないです」(妻)

 これまでにも多様な価値観やさまざまな思いをお持ちの患者さんと接してきましたが、大切なことは共通しています。それは、患者さんが自宅で最期まで自分らしく生きるということ、ご家族の方が、心穏やかに納得してその患者さんとのお別れを受け入れるということ。これに尽きるかと思っています。

「これまでの透析は週3回?」(私)

「はい。透析やめると毒素が脳に回るって」(妻)

「透析をやめてからのことを考えると、(最期の時まで)2~3週間かと。でも先入観を持たず、状態に合わせて、お薬使うのでいいのかと思います」(私)

「会わせたい人に会わせた方がいいですね?」(妻)

「そうですね」(私)

「わかりました。治るものではないと思っているので。ああなると(余命は)どれくらいでしょうか?」(妻)

「この期間で絶対ってことはなくて、個人差があるんですよね」(私)

「そうですよね」(妻)

 努めて平静を装いながらも、動揺を隠しきれない奥さま。近づくお別れの時を迎える心の準備を、私たちと交わす対話を重ねながらされているようでした。

「お写真を見たりしてお食事とか、おうちにいる感じを味わっていただくのがいいかと」(私)

「特別なことはせずに、普通の日常を過ごそうと思っています。今日の午後、いろんな方に来ていただきます。明日は意識が朦朧とするかもしれませんから」(妻)

「耳は聞こえていることが多いですよ」(私)

「じゃあ、めったなことは言えないですね(笑)。楽しく過ごします」(妻)

 別れを受けいれられたご家族の、前向きな明るさに私たちスタッフは救われています。

 普通は、呼吸の状態が悪くなって動けなくなってくる様子があると、週から日の単位になります。ただ、見極めが難しいところもあります。

「血圧が高くなってきたり、おしっこが出なくなると、もうこれが時間の問題になってくると思います。そのようなことは今のところないですが、それでも恐らく12月を迎えるのが難しいのかなと。人生に1度しかないお別れの期間ですので、言いたいことを全部言えたな、できたなってことを後から思えるように過ごしていただければ、それだけで満点です」(私)

 このやりとりから1カ月余りで、患者さんは旅立たれて行かれました。残された奥さまのやり終えたというすがすがしい様子に、私たちは勇気をもらったのでした。最愛の方と過ごす大切な時間を最期まで満点を目指してサポートする。これもまた在宅医療の大切な仕事なのです。

下山祐人

下山祐人

2004年、東京医大医学部卒業。17年に在宅医療をメインとするクリニック「あけぼの診療所」開業。新宿を拠点に16キロ圏内を中心に訪問診療を行う。

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