がんと向き合い生きていく

命を考える──恩師の人柄と考えに触れて思わされたこと

佐々木常雄氏
佐々木常雄氏(C)日刊ゲンダイ

 ある年の4月、某大学のT教授の定年退官記念パーティーが開催され、お世話になった私はその会に出席しました。近い座席に、私の母校の産婦人科教授だった品川信良先生がおられました。先生はおそらく80歳代の後半になっていたと思いますが、お元気そうで、学生時代に講義を受けた時とそれほど変わらないようにお見受けしました。

 たまたま私はカバンに拙著「がんを生きる」(講談社現代新書)を持っていたので、名刺代わりに差し上げました。

 それから約1週間後、品川先生からお手紙をいただきました。「講演に来て欲しい」とのことでした。びっくりしましたが、快諾し、3カ月後の初夏のある土曜日の午後、医師会の先生方が集まってくださり、「がんを生きる-命を考える-」と題して講演させていただきました。

 講演が終わった夕方、宿泊するホテルに戻り、フロントで近くの駅までの翌朝のタクシー予約をお願いしました。私は朝6時半過ぎの東京行きの電車の切符を持っていました。翌日の午後に予定が入っていたので、昼ごろには東京に戻る必要があったのです。

 翌朝6時過ぎに駅に着くと、なんと、ホームに品川先生がいらっしゃいました。私がその日の早い列車に乗る予定をどこかで知って、見送りに来られたのでした。私はとても恐縮し、品川先生の温かい姿勢や人柄に触れた気がしました。

 さらに後日、品川先生が中心となって、年に何回か発行されている「セミナー医療と社会」の機関誌を数回分送ってくださいました。

 品川先生は、大学退官後、1991年12月から「セミナー医療と社会」を創設、主宰され、執筆、社会啓蒙、海外援助などに力を注がれたのでした。考え方や主張を活字にして残すことは、いずれ社会に役立つから大切なことだと考えられ、立派な論文をたくさん掲載されました。

■多数の論文や著書がある

 品川先生の論文や著書をネット検索すると、以下のようにたくさん見つかります。「これからの産婦人科 私はこう考える」「臨床医の産科婦人科」「医療・医学序説 よりよい医療をもとめて」「医療と社会」「誰がために医療はある 内側からみたその夢と現実」「遥かなりサハリン 近くて遠い国ソ連」「医療・倫理・医師」「医療・性・生命」「医の心・医の悩み」「健康とその自己管理」「続 医の心・医の悩み」「どうなる日本の医療」「より良い医療を求めて」等々です。

 さらに、「軍縮問題資料82(1987年9月号)連載特集 憲法と私Ⅰ その改正や改悪反対を論ずる前に-ある戦争体験医師はこう考える-」「生殖医療における生命倫理と世界の情勢」「日本は果たして大国か-多くの面で、まだまだ小国である」「国際化や国際交流のこれまでとこれから」「生命の質と量」「基本倫理について」「医療従事者の社会的使命」「ヒポクラテスの誓いとその後」「医の倫理教育-その過去、現在、未来」などがあります。

 これらの論文の表題からも推察されますが、退官後の品川先生の大きな仕事のひとつに、「核兵器の廃絶や核拡散防止」を心底から願い、広く社会に警鐘を打ち続けられていたと思いました。

 産婦人科学という分野は、分娩、帝王切開、新生児、不妊等々、そして婦人科がん、末期がん、死まで見つめます。品川先生は、長い間、生命の誕生から死まで深く関わり、現役を退いてからも、哲学、倫理学、社会学をさらに深めていかれたのでしょう。

 特に産科学では、生命の誕生という点からも、「命とはなにか?」を絶えず考えてこられたのではないかとあらためて思いました。

 品川先生が活字に残された、命の考え方、思いを、深く理解していきたい。そう思わされました。

佐々木常雄

佐々木常雄

東京都立駒込病院名誉院長。専門はがん化学療法・腫瘍内科学。1945年、山形県天童市生まれ。弘前大学医学部卒。青森県立中央病院から国立がんセンター(当時)を経て、75年から都立駒込病院化学療法科に勤務。08年から12年まで同院長。がん専門医として、2万人以上に抗がん剤治療を行い、2000人以上の最期をみとってきた。日本癌治療学会名誉会員、日本胃癌学会特別会員、癌と化学療法編集顧問などを務める。

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