医療未来学者が語る 5大国民病のこれから

がんの診断・治療はゲノム医療と新世代コンピューターが個別化治療を実現する

新たながん治療法が次々と実用化されるだろう
新たながん治療法が次々と実用化されるだろう

 がんとは正常な細胞の遺伝子が傷ついてできた異常な細胞が無秩序に増え続ける病気のこと。かつては「病の帝王」と言われ、かかると必ず死ぬと思われてきたが、いまはがんで死亡する確率は、男性で26.7%、女性は17.8%と過去に比べて低くなっている。今後、がんの治療と診断はどうなっていくのか? 医療未来学者である奥真也医師に聞いた。

「がんで亡くなる人はますます減少していくでしょう。現在、がん治療は手術、抗がん剤、放射線治療、免疫療法などの治療法がありますが、いずれかひとつで十分な効果を上げることができるとは限りません。そのため2つ以上の治療法による集学的治療が行われています。今後はそれぞれの治療法の精度が上がり、副作用が少なく、効果のあるがん治療が行われ、治癒する患者さんはさらに多くなると考えます」

 がん治療の精度を上げるために期待されているのが「がんゲノム医療」だ。主にがんの組織を使って多数の遺伝子を同時に調べる「がん遺伝子パネル検査」によって一人一人の遺伝子の変化や生まれ持った遺伝子の違いを把握し、がんの性質、体質、症状に合った治療を行う。現在は一部の条件の下で行われているが、これが標準治療となるのはそう遠くないと考えられている。

「しかも、従来のコンピューターとは比べものにならないほどの演算計算能力を持つ量子コンピューターなどの新世代コンピューターの開発が進んでおり、実用化すればより正確な個別治療が行われることになるでしょう。たとえば、がん治療薬の組み合わせは兆をはるかに超えるパターンがあることが知られています。同じがんでも、体重、身長、性別などが異なる患者一人一人に最適な治療をはじき出すことはできませんでした。しかし、新世代コンピューターに人工知能(AI)を搭載し、ビッグデータを解析させれば、それが可能になるのです。もちろん、新薬の開発も劇的に進むでしょう」

 現在、新世代コンピューターがはじき出した答えの中から正しい解を見つけ出すためのアルゴリズムは発見されていない。そのため、医療用AIががん治療専門医の能力をしのぎ、信頼を勝ち得るまでには時間がかかると思われるが、そうした時代が近づいているのは間違いない。

■新たな治療法も続々と実用化

「その前にも新たながん治療法が次々と実用化されるでしょう。たとえばすでに第5のがん治療法との呼び声が高い光免疫療法が実用化されています。がん細胞にのみ吸着する薬剤を投与した後、人の細胞には害を与えない近赤外線光でがん細胞を消滅させる方法です。手術ができない難治性再発頭頚部がんに保険適用されています。日本人研究者が開発し、オバマ元米国大統領が一般教書演説で語った期待の治療法です」

 周囲にある正常な細胞を傷つけずにがん細胞だけを攻撃する新たな治療は他にもある。ホウ素中性子捕捉療法だ。がん細胞に特定の元素(ホウ素)を取り込ませた後、中性子を照射することでがん細胞のみを障害するという。これまでは中性子を放出する機械が巨大になるため普及しなかった。しかし近年、小型加速器の開発が進み、今後はより多くの人にホウ素中性子捕捉療法が受けられるようになる。

「がんで失われた臓器や組織を再生する再生医療技術が進み、角膜、皮膚、軟骨だけでなく、いずれは腎臓や肝臓、心臓も再生できるようになるでしょう。がん患者はがんで亡くなるわけではなく、こうした重要臓器ががん細胞によって圧迫したり、機能を失ったりした結果として亡くなるわけで、臓器再生技術が進めばがんで亡くなる人の数はぐっと少なくなるでしょう」

奥真也

奥真也

1962年大阪生まれ。東大医学部卒業後、フランス留学を経て埼玉医科大学総合医療センター放射線科准教授、会津大学教授などを務める。その後、製薬会社、薬事コンサルティング会社、医療機器メーカーに勤務。著書に中高生向けの「未来の医療で働くあなたへ」(河出書房新社)、「人は死ねない」(晶文社)など。

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