医療未来学者が語る 5大国民病のこれから

精神疾患は技術の発達で原因遺伝子や病態の解明が劇的に進む

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写真はイメージ(C)日刊ゲンダイ

 精神疾患とは、気分の落ち込みや幻覚・幻想など心身にさまざまな影響が表れる病気のこと。脳内の神経伝達物質の乱れなどにより起こるといわれ、うつ病や双極性障害、統合失調症などが知られている。厚労省が作成した「第13回地域で安心して暮らせる精神保健医療福祉体制の実現に向けた検討会」(2022年6月開催)参考資料によると、17年度で日本国内に精神疾患を抱えた患者は419万3000人いるという。今後、精神疾患の診断と治療はどうなるのか? 医療未来学者である奥真也医師に聞いた。

 精神疾患のある総患者数は2002年の258万4000人から大きく増加していて、とくに外来患者数が増えている。外来患者数を疾患別で見ると、認知症が15年前と比べて7.3倍、躁うつ病を含む気分障害が1.8倍、神経症性障害、ストレス関連障害及び身体表現性障害が1.7倍となっている。

「長引く不況や労働環境の悪化、生活不安などから精神疾患の患者数は増えています。それに対して精神疾患の診断・治療がなかなか進まない原因のひとつは、そのための時間と人手が足りないことです。専門医が少ないうえ、外科や内科とは異なり診断するためのマーカー(指標とする血液検査)がない。そのため診断は問診で行うしかなく時間がかかる。患者側からすれば精神疾患で受診するのに抵抗感がある。社会に精神疾患に対する偏見があるからです」

 そうしたことから患者側は症状の重さを自覚できなかったり、医師に症状を偽ったりし、医師側も満足いく治療ができない部分もあるという。

■AIの進歩で大量のスクリーニングが可能に

「しかし、AI(人工知能)が発達すれば一度に大量のスクリーニングができるため、省力が可能になる。精神疾患は今以上に診断される人が増える一方で、治る人も増えるのではないか、と予想しています」

 たとえばAIを用いた対話型の自動応答ソフト「ChatGPT」はその有力候補になるかもしれない、と奥氏は言う。すでに技術的には実用レベルまで達していて、もうすぐ患者自身がChatGPTの医療版に悩みを打ち明け、診察を受けるきっかけになりそうだ。

「声にはその時の感情や健康状態が現れることが知られています。その声をバイオマーカーにして、精神疾患の診断に役立てようとする試みが行われています。声帯は副交感神経である反回神経の支配を受けていて、ストレスを感じると交感神経が優位になり、声帯が緊張して周波数が高くなります。こうした声の状態を分析することで、心の状態を分析しようというわけです。世界で開発競争になっていて中国では音声人工知能を手がける企業と北京大学の研究チームが音声を使ったうつ病スクリーニングの臨床研究を進めています」

 磁気刺激による治療も始まっている。うつ病では思考や意欲をつかさどる背外側前頭前野の働きが低下していることが知られている。そこを磁気によって刺激して活性化するというものが「うつ病TMS(経頭蓋磁気刺激)治療」だ。

「うつ病の人は喜びや不安をつかさどる脳の『偏桃体』と呼ばれる場所が過剰に活動して不安を感じやすくなっていることもわかっています。磁気刺激により、偏桃体の活動を抑制する力が回復し、喜びが感じられるようになると考えられているのです」

 むろん、精神疾患分野の創薬も量子コンピューターや遺伝子検査などの登場により発達すると期待されている。

「精神疾患では原因遺伝子の同定や病態の解明が劇的に進むと考えられます。その結果、精神疾患の診断と治療は飛躍的に進化すると考えています」 (おわり)

奥真也

奥真也

1962年大阪生まれ。東大医学部卒業後、フランス留学を経て埼玉医科大学総合医療センター放射線科准教授、会津大学教授などを務める。その後、製薬会社、薬事コンサルティング会社、医療機器メーカーに勤務。著書に中高生向けの「未来の医療で働くあなたへ」(河出書房新社)、「人は死ねない」(晶文社)など。

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