認知症最新研究 特定の「音」を聞かせて原因物質アミロイドβを減少させる

近い将来、「音楽で自然に認知症予防」となっている可能性も
近い将来、「音楽で自然に認知症予防」となっている可能性も

 認知症で最も多くを占めるアルツハイマー病は、脳の神経細胞の周囲にアミロイドβというタンパク質が蓄積することで神経変性が進行し、脳が萎縮して発症する。アミロイドβの蓄積は、アルツハイマー病を発症する20年ほど前から始まることもわかっている。

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 日本で現在承認されている認知症の薬は4種類あるが、いずれも認知症の進行を止める薬ではない。初の治療薬と期待されたアデュカヌマブは日本では承認見送り(継続審議)。承認待ちの「レカネマブ」は最終段階の臨床試験で軽度の認知症の症状を27%抑制したことが確認されたが、中等度以上には効果が確認されていない。

 そんな状況の中注目されているのが五感への刺激だ。杏林大学名誉教授の古賀良彦医師が言う。

「2019年にWHOが発表した『認知機能低下・認知症リスク低減』に生活習慣へのアプローチが推奨されていますが、より日常的に行いやすいものとして五感への刺激があります。近年、国内外で研究が進んでいるのが認知症に対する聴覚(音)刺激です」

 たとえば東京電機大学は、超高周波音が認知症患者の心理・行動症状を緩和する可能性を示唆。東北大学は、低出力パルス波超音波治療が早期アルツハイマー病患者に安全・有効である可能性を示唆といった内容の研究結果を発表している。

 古賀医師がとりわけ着目するのは、マサチューセッツ工科大学の研究者Dr. Tsaiが行った音刺激による認知症予防研究だ。19年にはマウスの実験結果が、22年には人間への実験結果が、それぞれ権威ある学術誌「Cell」「PLOS ONE」に発表された。

 カギとなるのが、1秒間に40回のペースで周波数1キロヘルツのオン・オフを繰り返し提示する「40ヘルツ周期の断続音」と「脳のガンマ波」だ。

「ガンマ波は、認知(情報処理)プロセスで増加する脳波で、健常者と比べて、アルツハイマー病の患者さんではこれが減少しています」(古賀医師=以下同)

 19年発表の研究では、アミロイドβタンパクを発生させたマウスに40ヘルツ周期の断続音を聞かせたところ、音がない状態では見られなかったガンマ波が、聴覚野と海馬に発生した。

「結果、アミロイドβタンパクが有意に減少。空間記憶(認知機能低下で障害を受ける目的地へ向かう機能)が改善するという脳に好ましい変化が生じました」

■ヒト対象の実験では脳室の拡大が抑制された

 では、人間では?

 22年発表の研究では、DrTsaiは40ヘルツ周期の断続音・断続光を発するデバイスを開発。人間を対象に実験を行った。

「やはり人間の脳内でもガンマ波が発生。しかも、健常な若年層、健常な高齢層、軽度のアルツハイマー病患者いずれでも発生したのです。第Ⅱ相試験(2段階目の臨床試験)では、40ヘルツ周期の断続音と断続光で、脳室の拡大が抑制されているという結果が得られました。併せて脳室の斜め下にある海馬の萎縮の抑制も確認されました」

 この研究を受けて、より実用的な音を開発したのが、日本の「塩野義製薬」と「ピクシーダストテクノロジーズ」だ。

 実は、DrTsaiの研究では、被験者の3割が脱落。というのも、40ヘルツ周期の断続音・断続光は、耳も目も塞がれて1時間刺激を受けなくてはならず、音もパルス状で不快という背景があったからだ(ただし、重篤な有害事象は報告なし)。

 そこで塩野義製薬などは、日常的に耳にしても不快・不自然ではなく、40ヘルツ周期の音・光刺激を受けた時と同様にガンマ波の脳波を発生させる「ガンマ波変調技術」を開発。22年9月の日本認知症予防学会学術集会で、同技術でガンマ波発生が可能であるという研究結果を発表した。

「今後さらに効果・安全性の検証が進み、早期に社会実装化されることが望まれます」

 聴覚刺激がいいのは、「ながらテレビ」「ながらラジオ」と言われるように、何かをしながらでも聞けること。

 そう遠くない将来、「あちこちで流れる音楽で自然に認知症予防」となっている可能性は大きい。

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