がんと向き合い生きていく

胃がんの手術から2年目、夜な夜な“盗み食い”するようになって…

佐々木常雄氏
佐々木常雄氏(C)日刊ゲンダイ

 知人のKさん(68歳・男性)が胃がんと診断されて、胃の半分を切除する手術を受けたのが3年前になります。

 手術後、1年間は抗がん剤治療を行いました。この間、体重は手術する前の元気な時から比べて7キロほど減りました。それでも、下痢をしやすいことなどはありましたが元気に過ごしていました。

 そんなKさんは、3カ月ほど前から、夜10時ごろに睡眠薬を飲んだ後、そのまま寝てしまわないで台所に向かい、テーブルの上にある食べ物をつまむことが多くなりました。毎晩ではないのですが、寝る前になんとなく空腹を感じ、食べてしまうのです。その睡眠薬は長く内服してきた薬で、その添付文書に「食欲増進」と記載されてはいません。

 夕食はだいたい夕方6時過ぎにとりますから、寝る頃になると胃の内容物が減っていて空腹を感じるのだと思うのですが、冷蔵庫からすぐに食べられるもの、ヨーグルト、カステラ、菓子パン、バナナなどを取り出して食べてしまいます。食べて満足して寝るのです。 手術をした担当医には、このことは話していません。糖尿病の指標になるHbA1cは正常値です。ただ、翌朝はなんとなく胃がもたれるように感じるのでした。

 手術後の最初の1年間は、再発予防のための抗がん剤治療を行っていて、食欲はなく、食事量は減りました。2年目になって、この空腹感は抗がん剤がなくなったことでの、いわゆる反動のようにも思っていました。また、かつてKさんは毎晩、寝たばこをしていましたが、胃がんの手術をしてからは家の中から灰皿が消え、禁煙は続いています。

■再発の不安が原因?

 胃の手術をした後、Kさんは担当医から指導を受けました。そのメモには次のように書かれています。

「水分は十分にとる」「甘いものは食べてもよい ダンピング症候群を防ぐ」「なんでも食べてよい」「寝る直前は固形物は食べない」「禁煙」

 また、ある知り合いの医師から「睡眠剤を飲んでから食べるのはやめなさい」と言われたことがありました。

「空腹で、すぐに寝つけないことがあっても、この時に、脂っこいもの、カスが大量に出る果物を食べることは勧められません。それらを食べてから寝てしまうと、果物などは翌朝まで胃袋にとどまってしまい、お腹のもたれた感じのもとになります。寝る直前は、空腹でもジュースなどのカスの出ないもので我慢することです」

 3度の食事のご飯の量は、茶わん1杯です。このご飯の量が少ないのか、体重は一向に増えません。それでも元気なのですが、なんとなくヘソの上が不快なのです。

 ある日、テーブルの上に「夜中、盗み食いする人はどなたですか?」というメモがありました。妻が書いたものでしょう。

 こうした食生活について担当医に話したところ、病院の栄養科を紹介してくれ、そこで何回か相談させてもらいました。3食の食事の1回量も調べてくれた結果、食べる1回量をもう少し増やしてもいいようで、午後にお菓子をいただくようにしました。また、今は晩酌もやっていません。孫が「かわいそうに」と、ノンアルコールのビールを買ってきてくれます。アルコールがなくても、なんだか飲んだその時は、軽く酔ったような気持ちになるのが不思議です。

 ある時、茶の間の掛け軸が代わっていました。描かれた猫が後ろを振り向き、Kさんをにらんでいるように見え、その上に「解脱」という字が書かれています。

 先日、内視鏡などの検査があり、がんの再発はなくホッとしました。そして、その頃から“盗み食い”もなくなりました。あの寝る前の空腹感は、がんの再発を心配していたせい、焦りのようなものだったのではないか。Kさんはそのように思ったそうです。

佐々木常雄

佐々木常雄

東京都立駒込病院名誉院長。専門はがん化学療法・腫瘍内科学。1945年、山形県天童市生まれ。弘前大学医学部卒。青森県立中央病院から国立がんセンター(当時)を経て、75年から都立駒込病院化学療法科に勤務。08年から12年まで同院長。がん専門医として、2万人以上に抗がん剤治療を行い、2000人以上の最期をみとってきた。日本癌治療学会名誉会員、日本胃癌学会特別会員、癌と化学療法編集顧問などを務める。

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