上皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

AIによる診断と治療はいずれ人間の医師を超えるだろう

天野篤氏
天野篤氏(C)日刊ゲンダイ

 前回、「ナノボット」と呼ばれるナノメートル(10億分の1メートル)サイズのロボットを患者の体内に注入し、血管内のプラーク(粥腫)を取り除く治療法の研究開発が進んでいるとお話ししました。臨床の現場で実用化されるにはまだ時間がかかりそうですが、同じようなテクノロジーの進歩という観点から見て、「AI(人工知能)」を活用した診断・治療が広く普及しつつあります。

 矢野経済研究所の発表によると医療分野におけるAI活用は黎明期から普及期に転換しつつあり、2027年には国内市場規模が165億円に拡大すると予測しています。日本では、とりわけ画像診断で活発にAIが利用されていて、23年2月時点で薬事承認または認証を受けているAIを利用した医療機器は30品目を超えているといいます。

 実際、心臓の領域でもAIを使った診断や治療の研究開発が活発に行われています。

 AIの画像診断によって胎児の先天性心疾患を出生前に見つける胎児心臓超音波スクリーニングシステム、心筋梗塞や狭心症を引き起こす冠動脈の詰まりをAIで診断するシステム、AIによる心電図解析でさまざまな心臓疾患を早期に発見するシステムなどが開発されました。順天堂医院でも、CT画像やバイオマーカーなどの情報を落とし込んだAIによる心房細動の再発予測の研究が進んでいます。

 プラークの破裂によって形成される血栓の除去に関してもAIを利用した治療が脳外科の分野で登場しています。例えば脳の血管に血栓が詰まって起こる脳梗塞に対しては、脳外科医がカテーテルを用いて血栓を吸引する治療が行われていますが、その処置をAIの支援によってある程度まで自動化するシステムの開発が進んでいます。

 血管やプラーク=血栓の状態をAIが判断し、最適な機器や方法を選択したり、医師が行う処置を補助します。病変を間違いなく同定するための診断AIと、治療を確実に進めるための支援AIの両方を使い分け、医療が実施される時代になっているのです。

 このままテクノロジーが進化していけばAIは医師よりも正確に病気を診断し、人間より優れた手術を行えるようになる可能性は高いと考えます。5年から10年先にはAIによる診断と治療はごくごく当たり前になっているでしょう。

「ChatGPT」と呼ばれる対話型AIの進化は、その根拠のひとつといえます。実際、米国の研究では、健康についての約200件の相談に対する回答を専門家が評価したところ、79%は人間の医師よりもChatGPTのほうが正確で質が高いと評価したのです。

■人間らしく生きる時間を増やす助けにもなる

 こうしたAIの急速な進歩に、米テスラ社CEOのイーロン・マスク氏らは警戒する発言をしています。AIに仕事を取って代わられる人間が大量に出るだろうという意見もあります。たしかにそうした一面はあるでしょう。しかし私は、AIはわれわれが人間らしく生きる時間を増やすために役立ってくれるのではないかと考えています。

 情報通信のテクノロジーが一気に進んだ現代社会は、知的情報が飽和してあふれ返っています。しかもそうした情報は玉石混交で、自分にとっていま本当に必要な情報かどうかを取捨選択したり、信憑性や根拠レベルの高さを判断するだけで大変な労力です。そうした役割をAIに受け持ってもらえば負担を軽減できます。

 それによって時間ができれば、今度は、自分にとって居心地がよく快適な空間を求める人が増えるでしょう。すると、例えばインターネット上に構築された仮想空間=メタバースを提供するような事業がどんどん登場することが予想されます。

 あれこれ余計なことを考える必要がない自分だけの世界に入り込める環境が整えば、多くの人がその空間に入ってくるのは間違いありません。AIは結果的にわれわれが人間らしい生活を取り戻すための助けになりえるのです。

 ただ、そうしたメタバース的なものを提供するサービスが普及するかどうかは、やはり価格にかかっています。いま、アルバイトの平均時給はおよそ1000円強といわれています。単身世帯の1日の食費は平均1300円程度であることを考えると、1回分の食費プラスアルファの500円程度でサービスを利用できるようにならないと一般に広がるのは難しいでしょう。

 価格が落ち着くためには、メタバース的なサービスを求める人が大量に現れる状況が不可欠で、そのためにはAIのさらなる進化が必要です。医療だけでなく、われわれがより生きやすくなる環境を手に入れるテクノロジーとしても、AIには期待しています。

■本コラム書籍化第2弾「若さは心臓から築く」(講談社ビーシー)発売中

天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。

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