がんと向き合い生きていく

抗がん剤では80%の患者に脱毛が起こる…見た目の変化が苦痛に

佐々木常雄氏
佐々木常雄氏(C)日刊ゲンダイ

 父の話では、私は生まれて1~2カ月後にひどい発疹にかかったそうです。発疹は体中で、頭皮にも起こりました。その結果、頭皮には多数の小さな瘢痕が残り、父がバリカンで刈った私の頭は、小学校に入った頃に友達から「ハゲタマ56」と呼ばれたことがあります。頭にハゲが56カ所あるというのです。

 私のことを「ハゲタマ56」と呼ぶ同級生は数人いました。幸い私は、父の転勤で小学校を4回変わり、それで助かったところもあります。中学に上がると髪を長く伸ばすことが許され、心の負担は減りました。

 以前、一緒に働いていた看護師Tさんのお話です。周りの同僚たちはよく「彼女、美人ね」と口にしていました。しかし、鈍な私はそれほど感じてはいませんでした。

 そんなTさんがある時、頭の痛みを訴えて私のところまで相談に来ました。すぐに頭のCTを撮ったところ、右側に硬膜外血種が見つかりました。それを受け、脳外科で血腫を針で吸引する手術をすることになったのです。

 その準備として、散髪屋さんが来て、病室でTさんの頭を刈ることになりました。髪の毛がなくなったTさんを見て、私は驚きました。

「なんと、すごい美人さんだ」

 手術は無事に成功しました。

 5年ほど会っていなかった医療従事者のS君に再会した時、その容姿には驚きました。頭の髪だけではなく、眉毛もほとんどなくなっていたのです。「どうしたの? がんの治療でもしたの?」と聞くと、精神的ストレスだといいます。

 S君は「がんではないんだけど、ここのところいろんなことがあって……」と話し始めました。親を亡くしたこと、職場環境が大きく変わったこと……話の途中から、S君の目から涙があふれます。それでも、話し終わった頃は「でも最近、少し生えてきたんですよ」と言って、笑顔が見られました。聞けば、皮膚科専門医のところに通院しているといいます。

 とても気の毒に思いました。過度なストレスを抱えていることに、最初は本人が気づかなかったようで、たちまち全身に及んだようでした。髪の毛は、その人の容姿を一変させます。

 先輩のM医師は、研究に診療にとても優秀な方で、若くして某大学の教授になりました。しかし、それから4年後、彼に会ってびっくりしました。髪の毛がないだけでなく、眉毛は描いたものでした。回復するまでに2年以上はかかったと記憶しています。とても苦労されたと思います。

■再生後の髪質に変化がある場合も

 円形脱毛症もまれではなく起こり、自己免疫反応、精神的ストレスとの関係が指摘されています。治療法として、精神的ストレスの場合は、ストレス発散、生活習慣や食生活の改善、頭皮マッサージ、育毛剤の使用などが考えられます。

 抗がん剤治療での脱毛はその薬にもよりますが約80%、分子標的薬では約15%、免疫チェックポイント阻害薬では約10%の患者に起こります。抗がん剤でも、パクリタキセル、ドセタキセル、ドキソルビシン、シクロホスファミドなどは90%以上で起こります。

 多くの抗がん剤は分裂が活発な細胞に強く作用するのです。ヒトの毛髪は1日に約100~150本抜け、生え変わることを繰り返します。それくらい細胞分裂が盛んな毛母細胞が強く影響を受けることにより、脱毛が起こるのです。一時的なものが多いのですが、繰り返しの治療によって、ある一定の期間は見た目を大きく変えてしまうことがあり、患者にとって苦痛です。

 薬剤投与後、2~3週間で脱毛が始まります。毛髪は再生してきますが、縮れたり、白髪だったり、髪質が違ってくる場合もあります。また、ウィッグについては既製品もありますが、オーダー品は出来上がるのに時間がかかることをあらかじめ承知しておくことが必要です。脱毛による患者の心理的負担はとても大きいことから、抗がん剤を使用する際は多くの場合、前もってこれを理解しておいていただかなければなりません。

 まつ毛の脱毛では、まぶしさを感じやすい、目に異物が入りやすいこともあり、サングラスを利用される方も少なくありません。

佐々木常雄

佐々木常雄

東京都立駒込病院名誉院長。専門はがん化学療法・腫瘍内科学。1945年、山形県天童市生まれ。弘前大学医学部卒。青森県立中央病院から国立がんセンター(当時)を経て、75年から都立駒込病院化学療法科に勤務。08年から12年まで同院長。がん専門医として、2万人以上に抗がん剤治療を行い、2000人以上の最期をみとってきた。日本癌治療学会名誉会員、日本胃癌学会特別会員、癌と化学療法編集顧問などを務める。

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