上皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

心臓にとっては「安静」よりも「適度な運動」が大切になる

天野篤氏
天野篤氏(C)日刊ゲンダイ

 入院生活において座っている時間が長い人は、短い人に比べて退院時の身体機能指標が有意に低い──。今年6月、神戸大と早稲田大の研究グループが心臓病で入院している患者353人を対象に行った研究結果を発表しました。

 入院期に心臓リハビリを行っていても、入院中の座っている時間の長短によって退院時の身体機能に差が認められたといいます。入院中や退院後の生活では、座っている時間を減らして体を動かすことが身体機能の改善にとって重要だということです。

 たしかに、心臓にトラブルを抱えている人にとって、適度に体を動かすことは非常に重要です。心臓の手術を受けた患者さんは、再発予防のためにも負荷をかけすぎない適度な運動が欠かせません。そのため、心臓の手術を受けた後、患者さんは医師や看護師の指導のもと、必ずリハビリを行います。

 かつては、術後は1週間近く集中治療室で安静にするのが当たり前と考えられていました。しかし近年は、患者さんがベッドから起き上がって歩行などを行う「離床」をできるだけ早く始めるようになっています。回復状態によって違ってきますが、一般的には手術の翌日から離床を始め、2~3日で病院内を歩き回ります。術後に安静にしている期間が長くなると、筋力が低下したり、呼吸機能が落ちたり、体力が衰えて日常生活に戻るまでに時間がかかってしまうことがわかってきたからです。

■問題のない負荷の見極めが重要

 とはいえ、心臓にトラブルを抱えている人はとにかく体を動かせばいいというわけではありません。たとえば、デリケートな心臓手術を行って出血が治まるまでは安静にしなければならないケースがあります。ほかにも手術によって徐脈が残り、しばらくの間はペースメーカーによる治療が必要な患者さんがいます。その場合、ペースメーカーが外れたら心臓が停止してしまうので、安静が求められるのです。

 また、心臓の機能が良好なのか、低下しているのかによって望ましい運動の程度は違ってきます。心機能が落ちている人は一般的に生活や運動の制限を受けます。そうした人たちの心臓に限界以上の負荷をかけてしまうと、心事故を生む原因になります。

 心臓にトラブルを抱えていても心機能が良好な人に関しては、たとえば狭心症の発作が出る患者さんの場合、発作が出現する手前のところまでならば心臓の働きには問題ないわけなので、心拍数や血圧がどのくらいまでなら問題ないのかを判定し、そのレベルまでの負荷をかける運動を行います。

 また、手術によって心臓の症状が改善して発作も現れず心機能も戻った患者さんであれば、手術による負担で弱っている全身状態を見極め、状態を引き上げながら負荷の程度を判断していきます。いずれの場合でも、その患者さんにとって問題ない負荷の程度を決定するのは、心臓リハビリの専門医の重要な仕事です。

 患者さんの状態によって異なりますが、一般的に「負荷をかけ過ぎない=適度な運動」というのは、心拍数が130を超えない範囲が目安です。この数値は、最大負荷のひとつ手前に当たる「亜最大運動負荷」と呼ばれています。心臓手術を受けた患者さんやトラブルがある人は、この亜最大負荷を超える運動をしないような慎重さが必要なのです。

 先ほども少し触れましたが、心臓にトラブルがあるからといって、体を動かさずにずっと安静にしていると、全身の筋力が低下して最終的にはフレイルと呼ばれる虚弱状態になり、寝たきりにつながるリスクがあります。

 フレイルを避けるために、とりわけ重要なのが「歩行」です。ふくらはぎなどの足の筋肉は「第二の心臓」といわれています。足の筋肉は動くことによって心臓からの心拍出を受け入れています。また足の筋肉は、下半身を巡った血液を再び心臓に戻すポンプの役割も担っています。足の筋肉が衰えると十分に血液を戻せなくなり、静脈圧が高くなります。するとうっ血という状態になって、身体活動が抑制されたり、栄養を十分に取れなくなったりして、身体の恒常性維持にとってマイナスになる要素が増えてしまうのです。ですから、心臓リハビリの基本も「歩く」ことで、患者さんの回復度合いに合わせて少しずつ負荷を増やしていきます。

 前述したように、心臓手術後に安静が必要なケースもありますが、術後に点滴などが何もつながれておらず、心機能の大きな低下もなく、体を動かせる状態が早く確立されている患者さんなら、医師や看護師の指導のもと、なるべく早く体を動かすことでびっくりするくらいの回復が得られることもあるのです。

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天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。

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