あけぼの診療所は、都内で(たぶん国内でも)最も在宅で輸血をしている医療機関です。その数は1年あたり1000件近くになり、さらに年々増加しております。
輸血を必要とする患者さんは大きく分けて、造血機能に問題がある方と、出血で血液が足りなくなった方がいます。こういった患者さんが外来で輸血通院が難しくなった場合、在宅輸血が導入されます。
しかし、輸血には特殊な対応が必要となるため、通常の在宅医療機関では、在宅輸血をしないケースが大半です。在宅輸血をしてくれる医療機関が見つからない患者さんは、外来に通えなくなったことから貧血が進行し、数カ月で旅立たれる──。これが、一部では現在の「普通」になっているのでした。
当院ではそのようなあり方に疑問をもち、「できません」を言わなくて済む医療を目指し実施しております。
そうした当院での在宅輸血を実施される患者さんは、在宅輸血をしてくれる医療機関が見つからない患者さんたちに比べ、非常に長くご自宅での時間を過ごされます。今日はそんな患者さんのお話です。
その方は、海の好きな70歳の男性。海辺の別荘で、奥さまと老後の時間をゆっくりと過ごすことが好きでした。
貧血症状を自覚し始めたのは、2020年夏ごろ。その年の11月に大学病院を受診したところ、造血幹細胞に異常が起き、正常な血液細胞が作られなくなる「骨髄異形成症候群」との診断。毎週1回通院し、輸血を受けることになりました。
当初は2単位(1袋)の輸血で安定していましたが、徐々に体が衰弱していき、通院が困難に。21年3月から、当院の訪問による在宅輸血に切り替わりました。22年8月には、貧血の進行で、輸血が毎週4単位(2袋)必要に。
骨髄異形成症候群はいろいろな病型がありますが、この方の場合、白血病へ徐々に移行していきました。倦怠感、味覚障害、乾性咳嗽も出現。白血病化の進行に伴い、発熱も繰り返すようになりました。
22年11月10日には、38.5度の発熱。抗生剤を投与し、解熱。同月17日、血液検査でさらに白血病化進行を確認。
12月、小康状態。抗がん剤治療の説明をしたが、ご希望なし。年明け、いったん白血病化の進行が落ち着いたものの、23年6月からADL(日常生活動作)が低下。傾眠傾向(軽度の意識障害)やせん妄が出現し始めました。
「自分の最期は自分でわかっている。もう輸血はしません。妻に迷惑をかけたくないので、最期は病院で過ごします」
そう宣言され、私たちが手配した総合病院で、人生の締めくくりのときを迎えられました。
旅立ちのとき、大好きだった海の香りのする麦わら帽子を手にされていたそうです。
老親・家族 在宅での看取り方