先週からの続きです。
ともに認知症ながら、2人暮らしの90代のご夫婦。冬の朝、旦那さんが玄関先で倒れているのが発見されました。
幸いなことに旦那さんは一命を取り留めましたが、入院中の安静生活で歩行困難に。
それまでは、足の悪い奥さまを手伝って家事をこなしたり、買い物に付き合ったりしていた旦那さん。退院後はそれらができなくなりました。食も細くなり、ご家族と相談の上、点滴をしながら経過観察に。しかし、梅雨入りした頃に旅立たれていかれました。
ほとんど話せない状況ながらも、最期のその瞬間まで奥さまのことを気遣っておられました。「パパー、いかないでー。悲しいよう」と奥さまが泣かれていたのが印象的でした。付き添っていた私たちスタッフも思わずもらい泣きをしていたのを覚えております。
2人は20代の頃、勤め先で知り合い、当時としては珍しい恋愛結婚で結ばれたそうです。この住まいで子育てをし、お子さんが巣立ってからも仲むつまじく過ごされていました。お2人の希望は、思い出が詰まったこの場所で最期の時を迎えたいということ。
旦那さんが旅立たれてから、奥さまの認知症は急速に進行。食事の量が減り、転倒を繰り返すようになりました。娘さんのことを妹と思い、自分はまだ50代くらいのつもりで、「パパは帰ってこないね。変だね」などといつもお話しされていました。
「パパ、どこ行っちゃったのかしら」(奥さま)
「お墓ですよ」(娘さん)
「なんでも教えてくれて、尊敬していたの(旦那さんの思い出話をされる)」(奥さま)
ある日、「訪問入浴後、血圧が低くなり、ぐったりしている」との連絡が入り、私たちは駆けつけました。
「短めのお風呂だったのに、入浴後に血圧がぐっと下がり64/38㎜Hgに。酸素飽和度は一瞬96ぐらい取れたんですが、70台にもなったり」(訪問入浴スタッフ)
「お風呂に入ると、血管が開いて血圧が下がることはだれにでもあることです。どこまで持ち直すかはっきりとわかりませんが、会いたい方には会えていますか?」(私)
「弟が明日会いに来る予定です。今日の方がいいですか?」(娘さん)
「早い方がいいかもしれません」(私)
「連絡を取ります」(娘さん)
お風呂に入ったばかりで、さっぱりした、穏やかな表情の奥さま。
「もうそろそろかと、覚悟してます」(娘さん)
「徐々に呼吸が弱くなったり、呼吸の仕方に変化が表れてくると思います。苦しそうに見えるかもしれませんが、ご本人は苦しくないので、話しかけたり、手を握ったり、いつものように過ごしてください。そうなったら、まずは当院にご連絡くださいね」(私)
翌日、奥さまはゆっくりと目を開け、「パパのところに行けるわね」とお話しし、眠るように旅立たれていかれました。
このご家族が、大事な時間を最愛の自宅で過ごすお手伝いができた──。診療チームの一員であったことを本当によかったと感じたのでした。