医療だけでは幸せになれない

効果を示すさまざまな指標…「正しい指標」があるわけではない

写真はイメージ
写真はイメージ(C)日刊ゲンダイ

 これまでマスクの効果を検討した論文をいくつか紹介してきたが、その効果は主に「相対危険」という指標で報告されている。しかし、相対危険は数ある指標のうちのひとつに過ぎない。相対危険は、治療群と対照群の発症率の比をとることによって計算される指標だが、それに対して差をとる指標、「絶対危険減少」や「治療必要数」も論文でしばしば使われる。デンマークの研究を紹介した際に、この相対危険と絶対危険減少について簡単に説明したが、今回は治療必要数という指標も含め、指標そのものについて再度検討したい。

 今回はバングラデシュの研究の結果を利用して、それぞれの指標を比較してみよう。

 まず相対危険は論文そのもので報告されており、症状のあるコロナ感染性の発症率に対して0.884である。これはマスク推奨群と非推奨群のそれぞれの発症率を、対照群を分母として比をとった指標である。1の時に両群で発症率が同数、1より小さければマスク群で発症が減少、1より大きければマスク群で増加する。0.884は1より小さいため、マスク推奨群でコロナ発症が少ないという結果である。1000の発症が884まで少なくなるのだ。さらに、この相対危険を1から引いたものを相対危険減少と呼ぶ。「1-0.884=11.6%」が相対危険減少である。

 次に絶対危険減少である。これは対照群を基準として両群の差をとった指標で「8.60%-7.63%=0.97%」と計算される。先ほどの相対危険減少の11.6%に比べてかなり小さい値になる。さらにこの絶対危険減少を逆数にしたものが治療必要数で「1÷0.0097=103人」と計算される。1人のコロナ感染を少なくするためには103人にマスクを勧める必要があるということである。

■恣意的な利用に要注意

 ここでひとつ注意が必要である。相対危険は観察期間にかかわらず一定であることが多いが、絶対危険減少、治療必要数は観察期間に依存して、それが短いほど絶対危険減少は小さくなり、治療必要数は大きくなるという点である。このバングラデシュの研究では6カ月間のコロナ発症で検討されており、先ほどの結果は「絶対危険減少0.97%(6カ月)」「治療必要数103人(6カ月)」と観察期間を併記して記載する必要がある。

 もしコロナの発症率が観察期間に比例するとすれば、観察期間に比例して絶対危険減少は大きくなり、治療必要数は小さくなる。観察期間が60カ月であれば絶対危険減少は9%くらいかもしれないし、治療必要数は11人くらいかもしれないのである。観察期間を常に考慮しないといけない絶対危険減少に対し、相対危険が観察期間に左右されにくい点は絶対危険減少より優れた指標ともいえる。絶対危険減少の方が優れているというわけでもないのである。

 マスク推奨の効果は相対危険で0.884ということもできるし、相対危険減少で11.6%少なくなる、ということもできる。さらには絶対危険減少で0.97%(6カ月)少なくなる、治療必要数で103人(同)にマスクを推奨して1人のコロナ発症を予防することができるということもできる。これはひとつの研究の同じ数字を基にして計算されたものである。それにもかかわらず、相対危険、相対危険減少では、絶対危険減少、治療必要数に比べて効果を大きく感じられる。

 客観的と思われる計算上の指標も、必ずしも客観的とはいえない面がある。多くの論文が絶対危険減少でなく、相対危険や相対危険減少で報告されるのは、以前指摘したように効果を大きく見せるからというバイアスがある。しかし、効果を大きく見せることで集団としての予防効果を高めることが期待できるかもしれない。

 さらに、マスクの効果はコロナに限定されたものではない。コロナの流行期にインフルエンザなど他の感染症の流行が抑えられたことについて、マスクの影響は案外大きいかもしれない。バイアスは必ずしもネガティブだけではない。バイアスにもいい面、悪い面がある。単純な思考では情報の多面的なところに迫ることはできない。

名郷直樹

名郷直樹

「武蔵国分寺公園クリニック」名誉院長、自治医大卒。東大薬学部非常勤講師、臨床研究適正評価教育機構理事。著書に「健康第一は間違っている」(筑摩選書)、「いずれくる死にそなえない」(生活の医療社)ほか多数。

関連記事