第一人者が教える 認知症のすべて

糖尿病は生涯を通して認知症のリスクを上げる…1.54倍に増加

糖尿病は認知症の発症リスクを上げる
糖尿病は認知症の発症リスクを上げる

 糖尿病は、合併症が怖い病気です。そして、昔からよく言われているのが「3大合併症」です。

 将来的に失明リスクがある「糖尿病性網膜症」、腎臓の働きが失われ、やがては人工透析なしでは生きられなくなる「糖尿病性腎症」、そして末梢神経が障害され、対策が遅れ手足の先が壊死すると切断を免れない「糖尿病性神経障害」がそれに該当します。

 しかし近年は、糖尿病の合併症は3つに限らないことが指摘されています。糖尿病は実にさまざまな病気の発症リスクを上げるのです。

 認知症もその一つ。あるメタ解析では、糖尿病ではアルツハイマー型認知症が1.54倍、血管性認知症が2.48倍、全認知症が1.54倍多いとの結果でした。

 糖尿病と同じ生活習慣病の高血圧、肥満は、中年期から出現すると特に認知症のリスクを高めることが確認されていますが、糖尿病は中年期だろうと高齢期だろうと関係なく生涯を通して認知症の危険因子となります。

 また、糖尿病に認知症が合併すると、食事や運動、適切な投薬がうまくいかなくなり、血糖コントロールが乱れやすくなります。一方、糖尿病の高血糖、低血糖は、フレイル(加齢で心身が老いた状態)や要介護状態のリスクを上げます。そしてフレイルや要介護状態は、認知機能低下を促進する……。負のスパイラルが完成してしまうのです。

血管病変は食事と運動で予防
血管病変は食事と運動で予防(C)日刊ゲンダイ
血管病変を起こさないための対策を

 糖尿病は生涯を通して認知症の危険因子となると、前述しました。

 こんな研究結果があります。アルツハイマー型認知症は、脳の中にアミロイドβがたまってアミロイド斑(老人斑)が蓄積し、神経変性が起こって発症に至るわけですが、2型糖尿病でアルツハイマー型認知症を併発している方を調べると、アミロイド斑による神経変性よりも、血管の病変の増加が目立っていたという所見が認められました。

 神経変性を招くアミロイドβの蓄積は、40~50歳あたりから始まりますから、高齢になってからなんらかの対策を講じるのは難しいでしょう。

 しかし、血管病変については、対策を講じることが十分に可能です。それが結果的に、脳卒中や心血管疾患の予防になるのです。

 その対策とは、食事や運動。当院が行っている「健脳カフェ(認知症を発症する前の方を対象にしたカフェ)」では、対面でやる場合もオンラインでやる場合も食事指導と運動を積極的に取り入れていますが、これは血管病変の予防に役立つからなのです。

 看護師のHさんは、なりたてほやほやの時、先輩看護師から投げかけられた忘れられない言葉があるといいます。

「糖尿病の患者さんは、このまま悪化してしまう方向へ行ってしまうのも、踏みとどまって現状維持を保つのも、本人のモチベーション次第。そのモチベーションをどう引き出すかが大事」

 Hさんが出会った糖尿病患者さん。数年前から糖尿病の投薬治療が始まっていましたが、お酒もたばこもスイーツも大好きで、運動は大嫌い。加えて離婚していて1人暮らしということで、「俺がどうなってもだれも悲しまないから」と生活習慣を改善しようという気持ちが全く見えない方だったそうです。主治医、Hさんたち看護師、管理栄養士たちが何か言っても、耳を傾けない。

 そんなとき、別れた元奥さんが引き取った娘さんが結婚。お孫さんが生まれたという連絡が男性にありました。

「このままだと、お孫さんの結婚式に元気な姿で出られないかもしれないですよ」

 Hさんは、糖尿病が3大合併症や認知症、その他のいくつもの病気のリスク因子となることを伝えました。ほんの数分のやりとりでしたが、その男性は思うところがあったのでしょう。「自分のできることから始める」と、毎朝、30分のウオーキングを始めたそうです。

「これを機に、いい方向に向かってくれればいいのですが」とHさんは話していました。

新井平伊

新井平伊

1984年、順天堂大学大学院医学研究科修了。東京都精神医学総合研究所精神薬理部門主任研究員、順天堂大学医学部講師、順天堂大学大学院医学研究科精神・行動科学教授を経て、2019年からアルツクリニック東京院長。順天堂大学医学部名誉教授。アルツハイマー病の基礎と研究を中心とした老年精神医学が専門。日本老年精神医学会前理事長。1999年、当時日本で唯一の「若年性アルツハイマー病専門外来」を開設。2019年、世界に先駆けてアミロイドPET検査を含む「健脳ドック」を導入した。著書に「脳寿命を延ばす 認知症にならない18の方法」(文春新書)など。

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