第一人者が教える 認知症のすべて

低血糖症を起こしたことがある人は認知症発症リスクが2倍になる

写真はイメージ
写真はイメージ

「糖尿病と認知症」では、低血糖の危険性も知っておかなければなりません。

 糖尿病の薬のうち、インスリンやスルホニル尿素(SU)薬などは低血糖を起こしやすいのですが、これらを使用している人で高齢者ほど、低血糖の頻度が指数関数的に増加することが指摘されています。“指数関数的に”とは、値が大きくなるにつれて量が急激に増える状態のこと。

 こんな報告があります。70~79歳の糖尿病患者さん783例を対象に12年間追跡調査をしたところ、低血糖の既往があった人は、なかった人と比べて2.1倍、認知症の発症リスクが高かったというのです。

 また、複数の研究結果を総合し、高い見地から解析する統計手法(メタアナリシス)では、重症低血糖の発症は認知症発症リスクを1.68倍高めますが、一方で認知症があると重症低血糖のリスクも1.61倍になると示しています。

 つまり、糖尿病で認知症を合併すると低血糖を起こしやすく、低血糖を起こすと認知機能低下が進みやすいという、負のスパイラルが出来上がってしまうのです。ただし、血糖管理を厳格に行うと認知機能を改善するかどうかについては、エビデンスは得られていません。

 いずれにしろ、特に高齢者では低血糖に気をつけなくてはなりません。日本老年医学会・日本糖尿病学会合同委員会から発表された「高齢者糖尿病の血糖コントロール目標(HbA1c値)」では、高齢者が重症低血糖を起こしやすい糖尿病治療薬を用いる際は、HbA1c値の目標値は通常7.0%未満のところを条件に応じて7.5%未満から8.5%未満にするなど、緩やかに設定されています。

起きた時に頭痛がする場合も注意が必要
起きた時に頭痛がする場合も注意が必要
糖分は脳のエネルギー源。だから低血糖は脳にダメージを与える

 低血糖は、糖尿病の薬物治療を受けている人に起こる緊急事態。健康な人でも空腹時など血糖が下がり気味になりますが、その場合は低血糖といいません。

 血糖値がだいたい70㎎/デシリットルを下回ると、さまざまな低血糖の症状が現れ始めます。

 まずは「交感神経症状」で、「汗をかく」「脈が速くなる」「手や指が震える」など。次に「中枢神経症状」が現れ、頭痛や集中力の低下、生あくびなど。

 さらに血糖値が50㎎/デシリットルより低くなると、ワケのわからないことを叫ぶなど人柄が違ったような異常な行動が見られたり、けいれん、昏睡(意識を失う)も起こり得ます。非常に危険な状態で、命に危険が及ぶケースもあるので、場合によっては救急車を呼ぶ必要があります。

 低血糖で認知症のリスクが高まるのは、脳は糖分をエネルギー源として利用しているため、低血糖発作を起こすと脳がダメージを受けるからです。

 低血糖を何度も起こさないことが肝要ですが、厄介なことに、低血糖は繰り返すと体が低血糖に慣れ、症状を自覚しづらくなり(無自覚低血糖)、対応が遅れがちになってしまいます。特に高齢者は無自覚低血糖を起こしやすく、突然昏睡に至ることもあります。また、睡眠中に低血糖を起こしていることもあります。

 認知症対策のためにも低血糖には十分に注意をしていただきたい。次回も低血糖の話を続けたいと思います。

■夜間低血糖の症状(糖尿病の家族にこんな 症状が見られたら要注意)
・寝汗をかいてうなされている
・攻撃的な言動がある
・目覚めて、動悸や悪寒を訴える
・朝起きた時、頭痛を訴える・朝、血糖値が高い

新井平伊

新井平伊

1984年、順天堂大学大学院医学研究科修了。東京都精神医学総合研究所精神薬理部門主任研究員、順天堂大学医学部講師、順天堂大学大学院医学研究科精神・行動科学教授を経て、2019年からアルツクリニック東京院長。順天堂大学医学部名誉教授。アルツハイマー病の基礎と研究を中心とした老年精神医学が専門。日本老年精神医学会前理事長。1999年、当時日本で唯一の「若年性アルツハイマー病専門外来」を開設。2019年、世界に先駆けてアミロイドPET検査を含む「健脳ドック」を導入した。著書に「脳寿命を延ばす 認知症にならない18の方法」(文春新書)など。

関連記事