第一人者が教える 認知症のすべて

「昼食の時間が遅れて…」で低血糖 生活の変化に薬は対応できない

ちょっとした生活の変化でも血糖が下がる恐れが
ちょっとした生活の変化でも血糖が下がる恐れが(C)日刊ゲンダイ

 私たちの体では、細胞が血液中の糖(ブドウ糖)を絶えず取り込み、エネルギーに変えています。その取り込み作業に必要なのがインスリンで、インスリンの量や作用が不足すると血液中の糖が過剰になります。高血糖が続く病気が糖尿病です。

 そこでインスリンの働きを補うべく糖尿病治療薬を使うわけですが、薬が効きすぎると今度は血糖が下がりすぎる低血糖を起こします。健康な人では血糖値が下がっても、それに拮抗するホルモンが分泌され血糖レベルが正常に保たれますが、糖尿病ではインスリンの分泌能力とともに拮抗ホルモンの分泌能力も衰えていますから、低血糖時に血糖値を十分に上げることができないのです。

 薬を適切に使用していても、低血糖のリスクとは無縁ではありません。なぜなら、人間の体が必要とするインスリンの量は常に一定しているわけではなく、食事量、食事の間隔、運動量などによって変わるからです。

「食欲がなくて食事量がいつもより少なかった」「会議が長引き、昼食の時間が後ろにずれ込んだ」「買い物に夢中になって、いつも以上に歩き回った」などということは誰にだって起こり得るでしょう。そんな生活の変化に薬は対応できず、血糖が下がりすぎてしまうことがあるのです。

 低血糖は生命を脅かす恐れがあり、また前回お伝えしたように、認知症のリスクを上げます。脳は糖をエネルギー源としているため、低血糖によって脳がダメージを受けるからです。

ブドウ糖の代わりにジュースやアメ、氷砂糖でも構わない
ブドウ糖の代わりにジュースやアメ、氷砂糖でも構わない
ブドウ糖は常に携帯を

 低血糖対策のために次のことを押さえておきましょう。

【自分が使っている薬が低血糖を起こしやすいものかどうか】

 低血糖を起こしやすい薬は、糖尿病治療薬のうち、インスリンとスルホニル尿素(SU)薬です。糖尿病治療薬以外でも低血糖を起こしやすいものがあるので、主治医や薬剤師に確認してください。

【低血糖を起こしやすい状況】

「食事の量がいつもより少ない」「食事の時間がいつもと違う」「いつもより体を動かした」「仕事がいつもより忙しかった」「お酒をいつもより多めに飲んだ」「インスリン注射の部位が、いつもの場所から変わった」など、“いつもと違う”場合は要注意。

 朝食前の運動、飲み薬やインスリンの量の間違い、別の薬の併用、病気時(血糖値の変動が大きくなりがち)も低血糖を起こしやすくします。

【自分の低血糖の症状はどういうものか】

 低血糖は繰り返しやすい。そして典型的な症状はあるものの、個人差が大きい。最初に手の震えから始まる人もいれば、空腹感が強まる人、不安感に襲われる人などさまざまです。

 一度でも低血糖を起こしたことがある人は、自分の低血糖症状がどういうものかを知っておくことで、次の低血糖の時に速やかに対応できます。低血糖で意識を失ってしまうケースも考え、家族や、一緒に時間を過ごすことが多い人に、低血糖症状を共有しておくのもひとつの手です。

【低血糖らしき症状が出たらどうするか】

 すぐにブドウ糖を口にし、安静にします。しばらく経っても回復しなければ、ブドウ糖を追加します。“しばらく”の目安は、15分ほど。くれぐれも「様子を見よう」「食事の時間まで我慢」とはしないように。

 ブドウ糖で高血糖になることを心配する人がいますが、低血糖のままでいる方がはるかに危険ですので、躊躇せずブドウ糖を口に含むようにしてください。また、ブドウ糖はすぐに取り出せる場所に入れ、常に携帯してください。「机の引き出しに入れておく」などでは、その机から離れたところで低血糖を起こした場合対応できません。

 ブドウ糖がなければジュースやアメ、氷砂糖でも構いません。ただし、砂糖は分解されブドウ糖になるまで時間がかかるので適しているとは言い難く、人工甘味料は糖分が含まれていないので糖補充にはなりません。また、消化管からの糖の吸収を遅らせて血糖を下げるα-グルコシダーゼ阻害薬を服用している人は、砂糖ではブドウ糖に分解されないために、低血糖を改善できません。なお、ブドウ糖を手に入れたい場合は、主治医やかかりつけの薬局に相談するといいでしょう。

 家族に糖尿病患者がいる人は、当事者でなくても低血糖の対策の知識を持つべきです。本人が対応したくてもできないケースは往々にしてあります。糖尿病患者がいつもと様子が違う、話しかけても返事をしない、ぼーっとしていると思ったら、ブドウ糖を溶かした水を飲ませる。意識が戻ったら、何か糖分を食べさせる。

 ブドウ糖を溶かした水が飲めないようなら、医師にあらかじめ処方してもらったグルカゴン注射を打つ。グルカゴン注射の用意がない、注射後5分経っても回復しないという時は、救急車を呼んでください。

新井平伊

新井平伊

1984年、順天堂大学大学院医学研究科修了。東京都精神医学総合研究所精神薬理部門主任研究員、順天堂大学医学部講師、順天堂大学大学院医学研究科精神・行動科学教授を経て、2019年からアルツクリニック東京院長。順天堂大学医学部名誉教授。アルツハイマー病の基礎と研究を中心とした老年精神医学が専門。日本老年精神医学会前理事長。1999年、当時日本で唯一の「若年性アルツハイマー病専門外来」を開設。2019年、世界に先駆けてアミロイドPET検査を含む「健脳ドック」を導入した。著書に「脳寿命を延ばす 認知症にならない18の方法」(文春新書)など。

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