糖尿病治療を激変させた新たな薬「SGLT2阻害薬」の正体とは? 医師が解説

SGLT2阻害薬の効果は糖尿病だけにとどまらない
SGLT2阻害薬の効果は糖尿病だけにとどまらない

 SGLT2阻害薬というのは、尿へのブドウ糖の排泄を増加させることにより、血糖を低下させる作用を持つ糖尿病治療薬です。日本では2014年から次々と発売され、今では5種類以上が使用されています。

 この薬は最初それほど注目されませんでした。尿から出るブドウ糖の量を増やしただけでは、確かに血糖は少し下がるでしょうが、糖尿病自体の病状を改善するような効果は、期待できないと思われたからです。そればかりか、尿のブドウ糖が増えることは、おしっこの感染症を増やす可能性がありますし、尿の量が増えることにより、脱水が進行するという危険もあります。つまり、それほど効果は期待できない一方で、副作用などのリスクは高い薬のように思われたのです。

 ところが、15年に発表された一本の論文で、その考え方は大きく変わりました。

 それが、15年11月26日付(ウェブ掲載は9月)で、ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシン(NEJM)という一流の医学誌に掲載された、エンパグリフロジンというSGLT2阻害薬の臨床試験結果をまとめた論文です。

 その臨床試験の結果では、通常の糖尿病治療にエンパグリフロジンを上乗せして使用することにより、3年程度という短期間で、心筋梗塞や脳卒中などの動脈硬化による病気のリスクが、14%有意に低下していました。更には総死亡のリスクも有意に32%低下していたのです。

 糖尿病があると、ない場合と比較して、動脈硬化の病気やがんは増え、結果として健康寿命が短くなります。それまでの糖尿病の治療では、血糖値を下げることはできても、こうした病気の増加やそれによる健康寿命の短縮を、改善することはできなかったのです。それが世界標準の厳密な科学的試験で初めて、エンパグリフロジンの治療が健康寿命を改善することが確認されたのです。これは画期的な試験結果でした。

 その後エンパグリフロジン以外のSGLT2阻害薬でも同様の試験が行われ、ほぼ同等の有効性があることが確認されました。

 SGLT2阻害薬は糖尿病の患者さんの予後を、トータルに改善する薬であることが確認されたのです。

■糖尿病だけではない

 しかし、この薬の有効性は実は糖尿病だけにとどまりません。

 まず注目されたのは心不全への有効性です。エンパグリフロジンの有効性が注目された論文を詳細に解析してみると、その有効性の大きな部分は、心不全の改善にあったことが分かったのです。

 そこで糖尿病のない心不全の患者さんに対しても、この薬を使用してみたところ、その予後を改善する効果が確認されたのです。そして今では、SGLT2阻害薬は心不全の治療薬として、日本でも広く使用されています。

 また、SGLT2阻害薬が痛風発作を予防するという報告や、慢性の呼吸器疾患を予防するという報告、ドライアイに効くという報告など、他の多くの病気を予防したり、改善したりする可能性があるのです。

 最近では更に慢性腎臓病に対する有効性が報告され、その応用が期待されています。さらに降圧剤ほどではないのですが、血圧降下作用もあるのです。

 どうでしょうか? まさに生活習慣病の万能薬と言っても、過言ではない効果ではないでしょうか?

良い治療をしようと思うほど医療費の負担が増える…
良い治療をしようと思うほど医療費の負担が増える…
GLP1との比較

 SGLT2阻害薬のライバルは、言わずと知れたGLP1(GLP-1受容体作動薬)です。

 SGLT2阻害薬の報告より少し後になりますが、GLP1も同じように動脈硬化に関わる病気のリスクを下げ、健康寿命を延ばすような効果が報告されています。

 それでは実際にどちらの薬がより優れているのでしょうか?

 今のところ最も新しい比較データと言っていい、23年のブリティッシュ・メディカル・ジャーナル誌に掲載されたメタ解析(それまでの研究結果をまとめて分析する研究法)の論文では、SGLT2阻害薬もGLP1も、どちらも12%総死亡のリスクを低下させていました。

 つまり、その効果は同じという結果です。

 22年に発表された65歳以上を対象とした別の比較データでは、やはり動脈硬化性の病気の予防効果には、両者で差がなく、心不全に伴う入院リスクについては、34%勝るという結果が得られていました。

 健康寿命への効果は同じで、心不全予防にはSGLT2阻害薬というのが、今分かっていることなのです。

■問題はないのか?

 このように良いことずくめのSGLT2阻害薬ですが、幾つか問題も残っています。

 尿に糖が多く出ることで、膀胱炎などの感染症は起こりやすくなります。そのため、感染対策には注意が必要です。

 カナグリフロジンというSGLT2阻害薬の臨床試験で、糖尿病の血行障害に伴う下肢切断のリスクが高まるという報告があり、その後の解析結果では、全体としては問題はなかったものの、動脈硬化の進行している高齢者では、やはりそのリスクは増加する可能性が示されました。

 従って、下肢の血行が低下しているような患者さんが使用する際には、慎重な検討が必要です。

 しかし、それ以外は特に安全性に関する不安もなく、安全に使用可能な飲み薬として、その評価は日々高まっていると言っていいのです。

 私はすぐに新薬には飛びつかない方針なので、クリニックで本格的に使い始めたのは16年になってからですが、これまでのべ700人ほどの患者さんに使用し、おおむね良好な治療効果が見られています。

 処方の対象としては2型糖尿病の患者さんで、足の血流が悪い人や、膀胱炎を繰り返しているような人には処方をしていません。その範囲でいうと、尿路感染で困ったということはほとんどありませんし、安全に使用が継続できています。ただ、中には尿の回数が多くなったという訴えで、使用が困難となった方はいます。

 ひとつ事例をご紹介します。事例はEさん。40代の男性で、健康診断の空腹時血糖が252㎎/デシリットルと高く、糖尿病のコントロールの指標であるHbA1cは11.2%と上昇していました。

 普通に考えるとインスリン注射が必要と思われるレベルですが、暴飲暴食、お酒も多いなど、かなり乱れた生活をされていたので、まず生活改善を指示し、薬はSGLT2阻害薬のエンパグリフロジン10ミリグラムとメトホルミン500ミリグラムで開始しました。

 すると血糖値は2週間で147㎎/デシリットルまで低下し、HbA1cは1カ月後には7.8%、2カ月後には6.5%と良好なコントロール状態となり、その後1年を経過した時点でも良好な状態は持続しています。当初はメトホルミンと併用でしたが、3カ月目からはエンパグリフロジン単剤でも、良好なコントロールは継続されているのです。

石原藤樹院長(提供写真)
石原藤樹院長(提供写真)
良い薬は高い、というジレンマ

 クリニックで毎日糖尿病の診療を続けていて、一番悩むのは医療費の問題です。

 糖尿病の治療にはお金がかかるのです。それも最新の良い治療をしようと思うほど、患者さんの医療費の負担は増えてしまい、それで患者さんは治療の継続をしづらくなる、というジレンマがあります。

 糖尿病の治療薬として、今最も患者さんの予後の改善に結び付く可能性が高いのは、2型糖尿病の場合、SGLT2阻害薬とGLP1であることは間違いがありません。

 その2種類の薬の登場以前に使用されていたのは、主にメトホルミンとSU剤、そしてDPP-4阻害剤でした。

 メトホルミンも患者さんの長期予後を改善する可能性のある、ポテンシャルの高い薬ですが、欠点は血糖を下げる作用の弱いことです。

 メトホルミンだけで良好なコントロールを得られることはそれほど多くはなくそのために他の薬を併用することになります。併用する薬の中で、副作用はあまりないけれど効果は弱いのがDPP-4阻害剤、効果は強いけれど低血糖の危険性が高いのがSU剤です。

 ただ、SU剤もDPP-4阻害剤も、今ではSGLT2阻害薬やGLP1と比較すると、患者さんの予後を改善しないことが、多くの研究で明らかになっています。

 つまり、患者さんのことを考えれば、絶対にSGLT2阻害薬やGLP1を使った方がよいのです。

 GLP1は少し前まで注射しかなかったので、少しハードルが高かったのですが、最近飲み薬も発売され、非常に使用のしやすい薬になりました。しかし問題はその価格です。

 では、実際の薬のみの価格差を見てみましょう。

 古い糖尿病の治療では、まずメトホルミンを使用しますが、これは500ミリグラムの1錠が、10.1円という安い薬です。

 通常1日1000ミリグラムから2000ミリグラムくらい使用することが多く、1日の薬の値段はせいぜい40.4円。1カ月30日で1212円です。

 薬局で払うお金には調剤料などが含まれますが、薬の値段だけでいえば、3割負担で400円しないくらいで済むのです。

 これでコントロールが不良の場合に、SU剤を上乗せしたとしましょう。

 代表的なSU剤のグリメピリドという薬があります。SU剤の中では副作用が少なく、安全性の高い薬といわれています。これを通常量の1ミリグラムで使用した場合、1日の薬の値段はこちらも10.1円です。

 つまり、両方の薬を使ったとしても、1カ月のお薬代は1515円。3割負担で450円ちょっとで済むのです。

■コストを取るか、効果を取るか

 一方でSGLT2阻害薬の代表的な薬のひとつである、エンパグリフロジン(商品名:ジャディアンス(R))を使った場合を考えてみます。

 少ない用量の1日10ミリグラムの薬の値段が188.9円。多い量の1日25ミリグラムでは322.6円となります。少ない量でも1カ月の負担は5667円、多い量では9678円と1万円近くになってしまいます。

 GLP1の場合、飲み薬のセマグルチド(商品名:リベルサス(R))の、通常使用量7ミリグラムの1日の薬の値段は325.7円。これも1カ月では1万円近くなります。

 GLP1の主体は注射になりますが、こちらも同じセマグルチドの週1回の注射薬(商品名:オゼンピック(R))の、1カ月の薬の値段は1万1008円です。

 SGLT2阻害薬とGLP1は併用することも多く、その場合は1カ月の薬代は2万円を超えることにもなるわけです(3割負担では6000円超)。

 つまり、古い治療の薬代は、1カ月せいぜい1500円くらいであったものが、新しい治療では1つの薬を使っただけで6倍になり、2種類だと12倍以上になる可能性もあるのです。

 私たち医者は、良い薬が出れば、簡単に処方を切り替える傾向があります。患者さんのためを思ってそうするのですが、忙しい診療の中で、患者さんに説明をしっかりせずにそうした変更をすると、思わぬトラブルを招くということがあります。

 たとえば、SU剤で治療をしていた、昔からの糖尿病の患者さんに、SU剤では予後を悪化させてしまう可能性がある、とGLP1の処方に切り替えると、患者さんは急に医療費の支払いが跳ね上がったことに驚き、実際には医療機関が儲けているわけではないのに、金儲け主義のように思われたり、「こんな高い薬は要らない」と、元に戻して欲しいと言われることがあるのです。

 これから皆保険制度での医療費は、ますます削減が求められる時代になるのですから、行政も病気ごとの適正な治療と適正な医療費について、日々アップデートすることが必要だと思います。新しい薬が出るたびに、必要な医療費も大きく変わることになるからです。皆さんもお医者さんから「新しい良い薬に替えてみましょう」と言われた時には、お金の問題を、ぜひ聞いてみるようにしてください。

 今の世の中それは決して恥ずかしいことでも、失礼なことでもないのです。

▽石原藤樹(いしはら・ふじき) 信州大学医学部卒。東京都出身。同大医学部老年内科(内分泌内科)助手を経て、心療内科、小児科研修後の1998年六号通り診療所所長に就任。2015年8月に「北品川藤クリニック」を開設、現在に至る。「石原藤樹のブログ」は毎回1万5000アクセスを超える人気ブログ。日本糖尿病協会療養指導医、医師会認定産業医、スポーツ医など。

石原藤樹

石原藤樹

信州大学医学部医学会大学院卒。同大学医学部老年内科(内分泌内科)助手を経て、心療内科、小児科研修を経て、1998年より「六号通り診療所」所長を務めた。日本プライマリ・ケア学会会員。日本医師会認定産業医・同認定スポーツ医。糖尿病協会療養指導医。

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