太るタイプの2型糖尿病は薬で“治る”時代へ… 専門医に聞いた

東邦大学医学部内科学講座糖尿病・代謝・内分泌学分野の弘世貴久教授
東邦大学医学部内科学講座糖尿病・代謝・内分泌学分野の弘世貴久教授(提供写真)

「一度発症すると治らない病気」。それが糖尿病の常識だった。しかし、いまはそれが変わりつつある。新たな薬や食事・運動療法への考え方、血糖測定器などの登場により、一部の糖尿病は健康な人と同じように病気による症状や検査異常が消失した寛解≒治った状態になるという。それ以外のタイプでも薬の投与頻度が減り、働き続けることが可能になっている。糖尿病が心配な人はあきらめず、より積極的に検査や治療に取り組むべきだ。東邦大学医学部内科学講座糖尿病・代謝・内分泌学の弘世貴久教授に話を聞いた。

 ◇  ◇  ◇

 ──糖尿病は治るというのは本当ですか?

「本当です。少なくとも過体重で2型糖尿病を発症している人はその可能性があります。ただし、細い人の糖尿病は難しい。インスリンの絶対量が不足しており、それを増やすには、インスリン分泌を刺激するか、外から補充するしかありません。しかし、過体重により糖尿病を発症した人はインスリンの絶対量は足りているのに、太ったがためにインスリン作用が低下し、相対的にインスリン量が不足している。やせれば、治るチャンスがあります。既に、過体重の2型糖尿病は体重を戻せば、寛解可能とする医学論文が世界中で多数出て検証が進み、海外でも大変注目されています。『元通りにならない』といわれた膵臓の動きも、やせて内臓脂肪が減少し、血糖値が正常値にまで下がれば正常化される可能性があることも研究で報告されています。寛解とは、病気による症状、検査異常の消失状態を言います。寛解は再発リスクはあるものの、健康体とほぼ同じ意味といってよいと思います」

 ──病期が長くても治りますか?

「残念ながら、病期が長すぎる人は治すのが難しくなります。2型糖尿病の人は、インスリンを分泌する膵臓を常に酷使している状態です。その状態が長く続けば、膵臓の働きが悪くなってインスリンの分泌量が低下し、やがてまったく出なくなることも。その頃になると患者さんはだんだんやせてきます。インスリンが不足して血液中のブドウ糖を細胞に取り込めなくなり、代わりに筋肉や脂肪に蓄えられたエネルギー源を消費するからです。こうなると、健康体に戻すことは難しくなります。ですから、過体重が原因で糖尿病になった人は、診断からできるだけ早い段階に減量することが重要です」

■努力が苦手でやせられない人こそチャンス

 ──昔から多くの人は食欲に負けてしまい、やせられません。いまになって肥満型の2型糖尿病が治る、というのはなぜ?

「ゲームチェンジャーというべき新たな薬が相次いで登場したからです。SGLT2阻害薬に続き、今年の4月に日本で認可されたチルゼパチド(商品名:マンジャロ(R))という注射薬は、臨床試験において週1回40週間最大用量を投与した場合、1~2カ月の血糖値の平均をあらわすHbA1cが平均5.4%まで低下し、体重が平均11.2キロ減少したと報告されています。しかも、この薬は弱くなった膵臓のインスリン分泌の能力を高め、食欲を抑え、脂肪分解を促進するなど糖尿病患者さんにとって好ましい働きをします。注射だけでこれだけの効果が得られるので、太っていて運動や食事制限が苦手でやせられない患者さんこそチャンスです。適応のある患者さんにはチャレンジして欲しい薬です」

過体重で2型糖尿病を発症している場合は治る可能性が
過体重で2型糖尿病を発症している場合は治る可能性が(C)iStock
空腹感を弱め、満腹感を高める

 ──どのような仕組みでそのようなことが起きるのですか?

「食事を取るとインスリンの分泌を促すインクレチンと呼ばれるホルモンが小腸から出ます。その代表がGLP-1(グルカゴン様ペプチド-1)とGIP(グルコース依存性インスリン分泌刺激ポリペプチド)です。GLP-1は空腹時は働かず、食事をしたときにのみ、つまり血糖が高い場合にのみ、働きます。具体的には胃などで消化された食べ物が近づくとそれを察知して消化管の細胞表面から分泌されて膵臓のβ細胞の表面にある受容体と結合。膵臓からインスリン分泌を促し、血糖値を下げるのです。同時に膵臓のα細胞から、血糖値を上げるグルカゴンの分泌を抑制します。二重の意味で血糖値を下げるのです。しかもGLP-1受容体は体の至るところにあり、単に血糖を下げるだけでなく、膵β細胞の増殖、肝臓での糖新生の抑制、胃からの排泄抑制、中枢性食欲抑制などの働きを行うことがわかっています。GIPはそれを補完します。チルゼパチドは世界で初めてひとつの化合物でGLP-1、GIPという2つのホルモンの作用を発揮し、糖尿病の患者さんにより多くのメリットを提供する注射薬なのです」

 ──それ以前にも、ゲームチェンジャーと呼ぶべき薬はあったのでしょうか?

「注射薬のセマグルチド(商品名:オゼンピック(R))がそれにあたります。日本では2020年6月に発売されました。GLP-1受容体にのみ作動する注射薬ですが、血糖値が改善してやせる人が続出しました。チルゼパチドは発売して間がなく、欧米で大人気となり品薄状態に。日本では入手困難な状況が続いています。その意味では現時点の日本のゲームチェンジャーはセマグルチドかもしれません。セマグルチドには、飲み薬(商品名:リベルサス(R))もあります。飲み薬は薬の飲み方に少し工夫が必要(絶食時に少ない水で服用し、30分間何も食べずに待つ)ですが、注射が嫌な人には人気です。ちなみにチルゼパチドとセマグルチドの違いは体重減の幅です。チルゼパチドは高用量であればあるほど体重減が大きくなるとされています。その点はセマグルチドも同様で現在より高用量の製品が高度肥満者を対象として先日認可されました」

 ──それ以前のGLP-1受容体作動薬とは何が違うのですか?

「日本で最初のGLP-1受容体作動薬は2010年発売の注射薬リラグルチド(商品名:ビクトーザ(R))です。1日1回使用でした。2015年には同じく注射薬のデュラグルチド(商品名:トルリシティ(R))が発売されました。こちらは週1回の使用で、注射針が装着された使い捨てタイプです。同じ注射でもインスリンに抵抗感があり適応のある人は、デュラグルチドに乗り換えた。そのことで一気にGLP-1受容体作動薬人気に火がついたのです。いずれも血糖値だけでなく体重減も実現しましたが、体重の減りはそれほど大きくはありませんでした」

■糖尿病のない人と同じ「寿命」「生活の質」の実現が可能に

 ──体重が下がらなくても血糖値が下がれば同じではないのですか?

「一般の人のなかには糖尿病治療の目的はHbA1cを下げることだと思っている人も多いでしょう。それはある意味正しい。糖尿病治療の目的は血糖コントロールを介して合併症を防ぐことであり、とくに細小血管症(網膜症・腎症・神経障害)、動脈硬化性疾患(虚血性心疾患・脳血管障害・末梢動脈疾患)の発症・進展を阻止することです。それを実現するため、さまざまな研究結果からHbA1c7%未満が治療目標となっています。しかし、それは糖尿病治療の目標のひとつに過ぎません。真の目標は糖尿病のない人と変わらない寿命と日常生活の質(QOL)を実現することです。ですからHbA1cが6%台になっても脂肪肝や中性脂肪、高血圧などが解消されなければ真の目標達成にはなりません。最近発売されたGLP-1受容体作動注射薬は体重減により、真の目標を達成する可能性があるのです」

 ──新たな薬の登場で糖尿病治療は具体的にどう変わりましたか?

「BMI30以上の30代の女性の2型糖尿病患者Aさんは2種類の薬でもHbA1cが8%を切れませんでした。しかし、経口セマグルチドの追加でHbA1cが5%台となり、体重も10キロ減に。血液検査もすべて正常になり、Aさんはセマグルチド以外の薬はやめました。糖尿病治療の目的は合併症を防ぐことです。血糖値と体重が健康な状態に戻れば、合併症のリスクはほぼなくなる。Aさんは薬の使用という一点を除けば、健康な人と同じような状態になったのです。薬をやめれば、病的な血糖値と体重に戻る可能性が高い。しかし、いったん、薬で患者さんが成功体験を得れば自信がつき、食事制限や運動に意欲的になり、治療を継続します。結果、インスリンが必要だった人が飲み薬だけになったり、薬の量や種類が減ったり、薬が不必要になるケースが増えています」

 ──GLP-1受容体作動薬はなぜやせるのですか? 仕組みを教えてください。

「まず、脳の中枢に作用して食欲を抑制するので空腹感が弱くなります。だからといって一日中食欲がないわけではありません。チルゼパチドにせよ、セマグルチドにせよ、食事時間になると食べたくなります。しかし、胃からの排泄を抑制する働きもあるので、食べ物の消化時間が長くなり、少量の食事でも満腹感を得られるようになります。これまでも食欲を抑えるといわれる薬はありましたが、効き目が感じられず、患者さんはうつ気味になることが多かった。ですから、GLP-1受容体作動の注射薬を使う前は、“悲しい、つらい気持ちで食欲が落ちてやせて、血糖値が下がっても患者さんの生活の質が上がったことにはならないのではないか”と少し心配していました。しかし、実際はまったく違いました。患者さんは『空腹感は多少維持されており、満腹感が高まった結果、やせるし、血糖値も良くなるし、(診察で)先生に褒められるし、最高』との喜びの声が聞こえてくるのです。GLP-1受容体に作動する注射薬は、まさに糖尿病の治療のブレークスルーとなる薬だと思っています」

やせている人が使用すると、筋肉量が減って体が衰弱する可能性も(写真はイメージ)
やせている人が使用すると、筋肉量が減って体が衰弱する可能性も(写真はイメージ)/(C)日刊ゲンダイ
やせた人、高齢者は注意。やせ薬の使用は危険

 ──それほどの薬が登場したにもかかわらず、糖尿病治療が格段にラクになったイメージがないのはなぜですか?

「最大の理由は現在、GLP-1受容体に作動する新しい注射薬は世界的な人気で品不足に陥っており、望んでも新規の患者さんに行き渡らないからです。糖尿病の治療を受けていない人の多くがGLP-1の情報を知らず、昔通り『治療しても治らない』と思い込んでいるのも一因でしょう。一般内科医を受診している糖尿病患者さんの中には昔ながらの投薬パターンを続けていて、情報を知らないケースもあるかもしれません。しかし、それ以上に問題なのは自由診療の美容系クリニックや個人輸入などでやせ薬として販売されており、糖尿病の薬としてでなくやせ薬として有名になっているからです。これは、適応外使用であり、国が保険診療として認めた使い方ではありません。本当に危険です」

 ──どう危険なのですか?

「GLP-1受容体作動薬は国が承認し、公的保険の適用にもなっている2型糖尿病の治療薬です。ただし、患者さんとして、やせている人や高齢者はその使用に注意が必要です。体重が落ちることで筋肉量が減って、体が衰弱する可能性があるからです。女性は妊娠・出産に悪影響となる場合もあります。そもそも薬は健康な人が使うものではありません。医師が患者さんの症状や体の状態を見極めたうえで、薬の種類や量を決めて使うものです。薬は、必ず副作用があります。がんなど生命に関係する場合を除いて適応外使用は極めて慎重であるべきです。日本糖尿病学会でも『GLP-1受容体作動薬およびGIP/GLP-1受容体作動薬の適応外使用に関する見解』を公表し、美容・痩身・ダイエットなどの不適切使用に警告を発しています。なお、2型糖尿病薬である一部のGLP-1受容体作動薬は、肥満症治療薬として国の承認を受けており、まもなく実診療で使用可能となりますが、その対象となる患者さんも厳しい条件があります」

 ──やせ形の2型糖尿病の人やインスリンが出ない1型の糖尿病の治療はどうですか?

「基本は不足分のインスリンを注射で補う治療で、追加分泌(食後高血糖)用と基礎分泌用の2種類のインスリンを使います。追加分泌用は注射してからの立ち上がり(効き目)が早い、超々速効型が数年前に登場し食後高血糖のコントロールがより良好となりました。基礎分泌用は現在1日1回の注射が一般的ですが、来年には1週間で1度の注射が登場しそうです。在宅診療などの高齢者の利便性が増すでしょう。インスリンは基本自己注射であり、自己管理が必要です。しかし、高齢で認知症のある1型糖尿病患者さんは毎日注射することは難しい。1週間に1度なら、家族が打つにしても負担が軽くなります」

■持続血糖測定器で患者の行動が変わった

 ──持続血糖測定器(CGM)はどう役立っていますか?

「従来の指先などに針を刺して採血し、それを測定する自己血糖測定器だと測定時の血糖値しかわかりません。しかし、連続で血糖値を測れるCGMだと、どのような食べ物をどのようなタイミングで口にしたらどれくらい血糖がアップダウンするのか、自分で確認できます。そのことで、患者さんが自ら行動変容できるようになりました。私もCGMを装着してみましたが、血糖値の上がり具合を見てからはカレーライスのおかわりはしなくなりました。CGMは治療の選択の幅も広げます。糖尿病患者さんのなかには、1日1回基礎分泌用のインスリン注射をして、飲み薬で血糖をコントロールするBOTを行う人がいます。期待通りの効果が得られないときに、飲み薬をやめていきなり超々速効型のインスリンを打つのではなく、CGMで患者さんの血糖変化を可視化することで患者さん本人に普段の食生活や運動習慣に問題がないか気づきを与える機会になります。すでにCGMを装着した人の方が一般の血糖測定器を使用した人よりも血糖コントロールが改善するとの研究報告もなされており、CGMは単なる計測機器ではなく、治療手段のひとつとの見方もできます」

 ──食事療法や運動療法で新たな動きは?

「ローカーボ(低糖質)食の有用性を認めざるを得なくなっています。かつては全体から得るエネルギーの60%を炭水化物から取るとされていました。ところがいまは50~60%との言い方が変わってきた。もっと少なくてもいいという意見もありますが、炭水化物の取り過ぎが肥満につながることはわかっています。つまり食事療法もこれまでのようにカロリーだけで語ることはできなくなっています」

 ──最後に糖尿病の治療は今後どうなりますか?

「糖尿病を完全に治す手段は膵臓のβ細胞の移植などでしょうが、実現はまだ先の話。ただ、肥満型の糖尿病の寛解例が増えるのは間違いありません。ほかのタイプの糖尿病も改善例が増えるでしょう。治療の選択肢が増え糖尿病は『悪くなっていくだけの病気』ではなくなりつつあります。きちんと取り組めばそれに応えてくれる病気です。過去の情報や思い込みであきらめずに、患者さんやその予備群の人は積極的に検査や治療に取り組んでいただきたいものです」

◆糖尿病とは◆ インスリン作用不足による慢性の高血糖状態を主な特徴とする代謝症候群のこと。1型は自己免疫性に膵臓のβ細胞が破壊されることが発症原因。2型は膵臓のβ細胞量の減少によるインスリン分泌低下やインスリン抵抗性を起こす複数の遺伝子因子や過食・運動不足・肥満などの環境因子、加齢などが関係している。

▽弘世貴久(ひろせ・たかひさ) 東邦大学医学部内科学講座糖尿病・代謝・内分泌学分野教授。1985年大阪医科大学卒、大阪大学医学部第3内科研修医、米国立衛生研究所研究員、大阪大学医学部第3内科、順天堂大学医学部・医学系研究科代謝内分泌学・先進糖尿病治療学先任准教授などを経て2012年から現職。

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