その患者さんは、息子さんと2人暮らしの80代男性。2017年に多発性骨髄腫が分かり治療を受けていましたが、打つ手がなくなり、鎮痛剤による疼痛(とうつう)管理だけの対処となっていました。やがて通院も困難となり、私たちのところで在宅医療を開始することになりました。
「痛くないかと聞いても、意味のない言葉が返ってくるんです。この先を考えると、賃貸住宅なので、大家さんに迷惑かけることにならないか心配です」(息子)
自宅で亡くなった時に、警察を呼ばなければならないんじゃないかと心配される方がたくさんいます。実は在宅医療を受けていれば、亡くなる時に医師が立ち会っていなくても、在宅医療の医師が死亡診断書を書けるので、警察の介入はありません。そう伝えると、息子さんは少し安心した表情を浮かべました。
「おつらいところは?」(私)
「ここ(胸)のところだけ」(患者さん)
「痛み止めはもらってるんですが、意識がぼーっとしてます。病気のせいか薬のせいかは分からないんですが」(息子)
「両方あると思います。腫瘍が骨にくっついて、骨が溶けてカルシウムが多くなると意識が悪くなるんです。痛みは強いですか?」(私)
「10段階で6くらいです」(息子)
「オキノーム(鎮痛剤)はどのくらい使いました?」(私)
「今は1日1回くらいかな」(息子)
「我慢せずに使ってください。その量を見てオキシコンチン(別の鎮痛剤)を増やしますので」(私)
「これ使うと意識が悪くなるんですよね。痛みは減ったんですが、意識がなくなるのも嫌だなって」(息子)
痛みを最小限に抑え、ご家族に見守られながら穏やかに自宅で過ごしていただくことを第一に、患者さんやそのご家族との話し合いにより、その患者さんに最適の方法を探ります。
「他に痛いところは?」(私)
「足とか手はいいんですが、胸とか背中は痛がります」(息子)
「看護師さんに床ずれとかないか見てもらいましょう」(私)
「点滴とかはどうしたいとかありますか?」(私)
「点滴はやらないで自然でいいって本人が」(息子)
「まずは飲み薬を使ってもらって、飲むのが難しいようなら貼り薬も検討しましょう。トイレって行けてますか?」(私)
「最近、行けてないです」(息子)
「排泄の介助とか含めて看護師さんに来てもらった方がいいと思います」(私)
「それでお願いします。私がやると嫌がるんです。看護師さんなら受け入れてくれるかも」(息子)
「今日中に入ってもらいましょう」(私)
常に変わる患者さんの状態に合わせて柔軟に対処します。
「本人はできる限り病院には行きたくないって」(息子)
「私たちが来ましたから大丈夫ですよ」(私)
在宅医療を開始して4日目に、ご家族に見守られながら旅立たれました。最期まで自然に自宅で旅立ちたいという患者さんやご家族の思いに応えることが、在宅医療の一番大きな役割だと改めて考えさせられたのでした。
老親・家族 在宅での看取り方