手術はきちんと成功して病気は回復している。脳の画像にも大きな問題は見当たらない……。本来であれば元気になるはずなのに、それでも寝たきりの状態が続いている患者さんが当院にやってくるケースは少なくありません。ほとんどの場合、原因は「廃用症候群」です。
46歳の難治性脳腫瘍術後の患者さんのケースもそうでした。主治医である日本を代表する脳外科医の先生も回復しない原因がわからない。なんとか回復させてくれないかと依頼が入りました。後日、このケースはお話ししますが、日本を代表する術者からの人間回復の紹介は名誉なことです。
廃用症候群とは、病気やケガの治療のために長期間安静にしていたことで、心身機能が大幅に低下する病態です。筋肉や骨の萎縮、筋力や心肺機能の低下、呼吸や嚥下障害、起立性低血圧や深部静脈血栓症などの循環器障害、床ずれなどの褥瘡(皮膚障害)、抑うつなどの精神障害や認知機能低下が現れるケースもあり、寝たきりになる大きな原因になります。
病気の治療そのものはしっかり終わっていても、その後のリハビリが十分ではないことで廃用症候群を起こし、寝たきりになってしまうケースは少なくないのです。
病気やケガをして手術などの治療を行うのは「急性期病院」です。その後、病状が落ち着いた段階で治療はいったん終了となり、障害が残った場合は、次に「回復期病院」に移ってリハビリが行われます。急性期病院でもリハビリテーション科などが設置され、リハビリを実施している施設はあります。ただ、急性期病院はあくまでも病気の治療を行うところなので、どうしても“治療プラスアルファ”といった感じのリハビリしかできていないケースが少なくありません。急性期病院の医師は病気の治療が最優先ですから、基本的に病気そのものしか見ていない場合が多く、人間力を回復させる十分なリハビリを行えないのです。
■75歳以上は2週間以上の安静は危ない
たとえば、脳や心臓の大きな手術が終わってから、患者さんを寝かせきりにしておくと、廃用症候群になって全身状態は衰えます。75歳以上の高齢者になると、2週間以上の安静臥床は回復のゴールを低下させるうえに、自力で回復するのが難しい状態に陥ります。
ですから、廃用症候群を防いで早く回復させるためには、治療後は早く起こして、長時間の寝かせきりにはせず、「起こす」「座らせる」「立たせる」「歩かせる」「コミュニケートする」ことが重要になります。ただ、先ほども触れたように急性期病院は病気の治療がメインですから、その患者さんが一日をどのように過ごせばベストなのか、24時間の中でどれくらい起きて、座って、立って、歩いて……といったリハビリを実践すればいいのかについて考えたり、取り組む余裕がないのが現状です。そのため、長期間安静のままにして廃用症候群となり、そのまま寝たきりになる患者さんが出てしまうのです。
治療そのものはうまくいき、脳にも大きな損傷は見られないのに、廃用症候群によって元気を取り戻せず、「人間力」を回復できない--。かつて脳外科医だった私はそんなケースを何度も目にして、歯がゆい思いをしました。しかし、廃用症候群で動けなくなっている患者さんは、適切なリハビリによって機能と能力を取り戻せる可能性があります。80歳を超えると廃用症候群による全身の衰えの回復度合いは悪くなりますが、70歳代まではかなり取り戻すことができるのです。80歳以上の患者さんは急いで起こして動かさないといけませんし、手術前のリハビリが必要になります。2週間以内にリハビリ病院への転院ができるスピード感が予後を左右します。
廃用症候群で当院に入院される患者さんには、初日から座らせる、立たせる、歩かせる、コミュニケートするリハビリを行います。もちろん状態を確認しながらの実施で、だいたい1週間、長くても2週間ほどで座る、立つが問題なくできるようになります。
廃用症候群のリハビリでは、まず最初の2週間が勝負で、1カ月でかなり改善します。就寝時間以外はベッドには戻さず、座らせる、立たせる、歩かせる、コミュニケートするを繰り返すことで、この期間に全身の状態がグッと上がってきます。その後、2カ月目くらいまでは上昇が緩やかになりますが、2~3カ月までの期間で再び状態が上がっていくのが多く見られるパターンです。廃用症候群で寝たきりだった患者さんも、トータル3カ月の適切なリハビリで身の回りの簡単な作業ができるようになり、留守番できる状態で退院して自宅に帰ることが可能になります。
本来であれば回復して元気になって元の生活に戻れる患者さんが、廃用症候群で寝たきりのまま亡くなってしまうケースも起こりえます。そんな不幸な事態を減らせるのが正解のリハビリなのです。
正解のリハビリ、最善の介護