ご主人を在宅で看取った経験がある95歳の女性。認知症を患っており、さらに胃がんの末期。「母は最期まで自宅で過ごすことを希望するだろう」と、息子さん、娘さんが在宅医療を選択されました。
「ご加減いかがですか」(私)
「ベッドで本を読みながら寝ちゃいますね」(息子)
「どんな本を読まれるんですか?」(私)
「純文学。古典も現在のものも」(本人)
「SFも90冊近く読んでいましたが、最近はそこまで読まなくなったかな。白内障もあるんですけど、本が読めなくなってからでいいと、手術を受けてくれないんですよ」(息子)
「もういいのよ~。本に囲まれて逝けたらいいなぁ、なんて」(本人)
当院が介入してから5年。腹痛や嘔吐を繰り返し、せん妄の症状も現れるようになった時、ご家族の本音を伺ったことがありました。
「食べられなくなった時にどういう選択をするか、お考えはありますか」(私)
「胃ろうをつけるかとかですよね。そこが難しいですよね」(息子)
「正解はないから、本人家族の意向が最優先かなと」(私)
「父の時は、がんが余命宣告されていて、先がある程度予想できたので在宅で看取るにはわかりやすかったんですよ。でも、母は生きる意欲が強い人なので、できるだけ長く生きられるよう胃ろうをつなげたいです」(娘)
「可哀想だね……」(息子)
「そうだけど、お母さんだったら胃ろうを選択すると思うんだ。可能な限り、お母さんを自宅で過ごさせてあげようよ」(娘)
女性はたびたび容体を崩し、ご家族は必死で介護にあたっていました。そんなある日、差し迫った様子の連絡をいただきました。
「急ぎで先生に連絡をとりたいんです。昨日よく眠れるって座薬を入れていただいたんですが、そのあと夕方から今朝まで一切起きなくて! むくんじゃって、無呼吸もあって!」(娘)
「以前入院してる時に同じような症状があって、利尿剤で回復したんです! 今回もそうなるんじゃないか、と。ただ僕たち、もう不安で、家で見るのは難しいかもしれない。とにかく今は病院に入れてもらいたい。救急車、呼びます!」(息子)
ご家族の強い希望で救急搬送へ。その後、入院中にご逝去されました。家で看取る覚悟をしていても、日に日に衰弱していくご家族の様子を目の当たりにすると心は揺れ動きます。このまま在宅でいいのか、入院したら何か別の手だてがあるんじゃないか──。
どちらが正しいという問題ではありません。私たちの立場としては、自宅で穏やかに逝きたいという本人の希望ファーストでいきたい。患者さんが安心して療養できる態勢を構築し、最期まで伴走できるよう、これからも切磋琢磨してまいります。