上皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

高齢者の再手術では術後の「リハビリ」と「食事」が重要

天野篤氏
天野篤氏(C)日刊ゲンダイ

 心臓手術の多くは“賞味期限”があります。そのために医療が進歩した現在では、50~70代で最初の手術を受けた人は、80歳前後で再手術が必要になるケースが少なくありません。高齢になると、体力や持病などによってリスクがアップするため再手術ができない患者さんもいらっしゃいますが、当院では85歳くらいまでは再手術を実施しています。

 1年ほど前になりますが、大学の先輩にあたる当時87歳の女性医師の再手術を行いました。その12年前に執刀した心臓弁膜症の初回手術の際は、傷んだ2枚の弁を交換する弁置換術を行い、生体弁を2つ設置しました。それから年を重ねて生体弁が“寿命”を迎え、片方は完全に硬くなって機能しなくなっています。

 もう片方は傷みが中等度でどうにか機能していましたが、本人には「場合によっては2つとも交換します」と説明し、了承をいただいて手術を開始しました。

 結局、手術を進める中で弁を両方とも取り換えないと技術的にやりにくいことがわかり、2つとも新しい生体弁に交換して無事に完了。術前に心不全が高度だったので、手術直後は補助循環装置を1日使用しましたが、その後は通常通り順調に回復され、いまはそれまで従事していた訪問診療を再開しています。

 最初は再手術を不安がっていたのですが、術後は「すごく調子がいい」と喜んでいました。85歳を越えても再手術で元気を取り戻すことができるのです。

 こうした高齢者の再手術で重要になるのが術後の「リハビリ」です。再手術を受けた高齢の患者さんは、若い頃に初回手術を受けた際の経験から、その頃の感覚で「術後はすぐに回復する」と考えている人が少なくありません。しかし、加齢とともに体力は落ちていますし、手術の規模も初回より大がかりで負担が大きくなるケースが多いので、自分で考えている以上に回復の度合いは遅くなります。ですから、術後のリハビリにしっかり取り組めるかどうかがその後の回復に大きく関わってくるのです。

 かつては、術後は1週間近く集中治療室で安静にするのが当たり前と考えられていました。しかし近年は、患者さんがベッドから起き上がって歩行などを行う「離床」をできるだけ早く始めるようになっています。医師や看護師、理学療法士らのリハビリスタッフの指導のもと、一般的には手術の翌日から離床を始め、2~3日で病院内を歩き回り、平均で2週間ほどリハビリを行うのです。

■機能がプラス50%回復するケースも

 高齢者の場合、ただでさえ体力や筋力が衰えているため、術後に長期間寝たきり状態になると「廃用症候群」を起こしやすくなります。長く安静状態を継続することで心身機能が大幅に低下する病態で、日常生活に戻るまでに時間がかかってしまったり、そのまま寝たきりになる原因にもなります。

 廃用症候群を防ぐとともに早期回復のためにはリハビリは欠かせません。医師をはじめとするリハビリのスタッフと患者さんがしっかり情報を共有し、何かトラブルがあれば早い段階で見つけて対応しながら体力と運動機能の回復に努めます。すると、再手術で心臓が軽快した分、手術前よりも運動機能がプラス50%くらい回復するケースも珍しくありません。

 患者さんの希望に応じて、退院後もしっかりリハビリに取り組めるように回復期病院を紹介することも行います。高齢の患者さんに、日本人の平均余命の“元気に生きる側”に入ってもらうためにはリハビリがものすごく重要なのです。

 高齢者の再手術では術後の「食事」も大切です。高齢になると食事量が減って低栄養の状態になっている患者さんもいらっしゃいます。高齢者はただでさえ全身の筋力や体力が低下しているため、栄養が不足すると術後の合併症リスクをアップさせたり、予後を悪化させることがわかっています。術後はしっかり食事をしてもらわないと十分な回復が望めなくなってしまうのです。

 そのため、術後の食事は「本人が好きなものを許容できる範囲で好きなだけ食べてもらう」という方針をとっています。患者さんの食べたいものをご家族らに持ち込んでもらう場合もありますが、基本的には病院側が「病院食」=「治療食」という形で対応します。病院食のメニューは決まったパターンにはせず、本人の好みに合わせた献立に変更できるようにしています。心臓手術後の高齢者はカロリーを多めにとってもらう時期でもありますから、とにかくまずはなんでも食べてもらうことが大事なのです。

 高齢になって心臓の再手術を受ける患者さんは、術後のリハビリと食事にきちんと取り組むことが新たな健康寿命を謳歌していく源となる──それを明らかにしていこうと頑張っています。

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天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。

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