独白 愉快な“病人”たち

文化放送ディレクター白石仁司さん緑内障を語る「白く深い霧の中で生活している感じです」

白石仁司さん
白石仁司さん(C)日刊ゲンダイ
白石仁司さん(文化放送ディレクター/56歳)=緑内障

「ロービジョン」とは、全盲ではないけれど矯正しても十分な視力が得られない低視力や、見えない部分が生じる視野欠損などがある状態のことです。私はまさに今その真っただ中にいて、ロービジョンという言葉やその実情をたくさんの人に知ってほしいと思っているひとりです。

 はじまりは2006年の人間ドックで「緑内障の気がある」と言われたことでした。当時は39歳。何ひとつ自覚症状はありませんでした。でも会社の近所の眼科を受診し検査をしたところ、「確かに軽く緑内障になっている」と言われました。

 緑内障は、眼圧の上昇などが原因で眼底にある視神経が障害を受けて徐々に視野が狭くなる病気です。40代以上には案外多いようです。私は幸い早期で発見できたので、医師からは「眼圧を下げる目薬をしていれば9割がた進行を抑えられます」と言われました。「早く見つかってよかったな」と楽観的に考え、まじめに毎日、朝と晩に点眼薬をさす生活になりました。

 視野を気にして片目ずつチェックする日々の中、右目の端の方に見えない部分があることに気づきました。そして、それがどんどん中心部分に向かって広がってきたのです。両目で見れば左目が補ってくれるので生活に支障はありませんでしたが、2008年あたりに大きな病院を受診しました。

 調べてみると、眼圧は17~18(㎜Hg)ほど。正常なら20までは問題のない眼圧なのに、私の場合は17~18でも症状が進行してしまうとわかり、「もっと眼圧を下げないとダメだ」となって手術になりました。眼球の中を満たしている房水という液体の流れを良くするためのバイパス手術です。それによって眼圧は10~11ほどに落ち着きました。

 ただ、その後も眼圧は不安定で、両目合わせて5回手術しました。日帰りのレーザー手術を入れるともっと多かった。それでも右目の視野狭窄は止まらず、2011年12月には中心視野まで見えなくなりました。ほぼ失明状態です。

 ここでひとつ気づいたのは「中心視野が大事」だということです。狭くても中心視野が残っていればピントが合う瞬間があり、字もなんとか読める。逆に中心視野以外の視野があっても、すべてぼやけてしまう。「中心が見える」って本当に大事なんです。

白石仁司さん
白石仁司さん(C)日刊ゲンダイ
わが子が一番安心できるナビゲーター

 その後は問題のない左目で生活も仕事もこなしていたのですが、2020年1月にコロナに罹患してから変化しました。因果関係はわかりませんが、やり慣れたレーザー照射手術をしたところ、1週間後の眼圧が47に跳ね上がったのです。急きょ、眼圧を下げる手術を受けたわけですが、そこから左目も視野が欠けるようになりました。

 左目は中心視野がまだ残っているので、集中して頑張れば新聞の字を読むことも可能ですけど、全体的には白く深い霧の中で生活しているような感じです。人がいることは見えますが、人の顔を判別することはできません。なので、面識のある方とすれ違っても無視してしまうんですよね。社内では慣れているので、今は視覚障害者が使う「白杖」もつかずに歩きますし、知らない人が見たら普通の人。それがかえって誤解を招くといいますか……。

 たとえば、エレベーターに乗っていて扉が開いたので「ここ何階ですか?」と聞くと、「見ればわかるでしょ」という空気が流れるんです。今では社内のエレベーターは「何階です」とアナウンスされるように改善されました。

 通勤では白杖を持つようにしています。でも、片手が塞がるのでそれはそれで不便ですね。一方、パソコンやスマホの音声機能は視覚障害者にとってなくてはならないもの。ニュースも道案内も本当に助かっています。

 助かっているといえば、11歳になるわが子。子供が一番安心できるナビゲーターです。子供が小さい頃からこうなので、一緒に歩いていると私が欲しい情報を過不足なく教えてくれるんです。その点は奥さんよりも優秀です(笑)。少しは見えるうちに行けるところに行こうと、家族で出かけることが多くなりました。

 見えなくなることは怖いし不安です。でも、性格的にマイナスを考える時間がもったいないと思うタイプなので、「しょうがない」と割り切っています。それにロービジョンの番組をつくるにあたり、たくさんの視覚障害者の方にインタビューをするんですけど、みんな明るくて前向きなんです。仲間がいると心強いじゃないですか。「みんな楽しそうだからなんとかなるかな」と思っています。

 自分がこういう病気になってから、人を見る目が変わりました。「じつは思わぬ事情があるんじゃないか」と考えるクセがついたのです。

 会話の反応が悪いとか、行動がノロノロしていると思っても、人知れず困難を抱えているかもしれないと思うとストレスも少なくなります。要は気の持ちよう。コップの水が「もうこれしかない」と思うか、「まだこれだけある」と思うかで違うように、この状況の中でできることをいかに楽しむかだと思っています。 (聞き手=松永詠美子)

▽白石仁司(しらいし・ひとし) 1967年、千葉県出身。91年文化放送に入社し、番組プロデューサーとして活躍している。2022年9月から放送している「知っていますか?ロービジョン~0と1の間」でギャラクシー賞ラジオ部門の奨励賞を受賞した。

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